第51話 自分さえよければという行動は、悪意をばらまくみたいです!
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・医療機関・地名・制度・報道内容・感染症等はすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、作中に描かれる医療対応・行政措置・報道表現等は物語上の演出を含み、実際の法令・運用・対応手順とは異なる場合があります。
「おい、待て」
龍騎の声を無視するように紘一はエレベーターへ乗り込んだ。
閉まりかけた扉の隙間からタヌキが飛び込んでくる。
ぱふっ。
胸元に飛んだつもりだろうが、弧を描きながら床に落ちた。
下ろそうとする紘一の足の下に入り込んでしまう。
「と、危ないだろ」
「貴様が置いていくからだろうが!」
「天音と一緒にっていったのに、勝手について来ただけだろ」
紘一が苦笑しながら、壁へともたれかかった。
少し身体が重い。どちらかと言えばだるい。
志乃が奏音お部屋へと入っていくのが見えた。
扉が閉まる。
ゆっくりと下降を始めた。
数字が減っていく。
5。
4。
3。
静かな時間だった。
ついさっきまで命懸けだったとは思えない。
「終わったのか?」
龍騎は気の無い聞き方をする。
「どうだろうな」
ぽつりと紘一は呟いた。
2。
数字が減るたびに騒がしさが近付いてくる気がした。
人の声。
足音。
アナウンス。
そして。
1。
チン。
扉が開いた。
その瞬間だった。
歓声が上がっていた。
ロビーには人が溢れ、泣きながら抱き合う家族もいる。
原因は、相変わらず不明のままとはいえ…『危ない』時期を脱すれば喜びたくなる。
それでいいのだと思う。
いま感じれる幸せに少しだけ身を委ねればいい。
まだ終わりではないのだから…
少し、冷たく物事を見てしまう自分が紘一は嫌だった。
龍騎はドアが開いたのに動こうとしない紘一を見上げた。
不思議な男だと思う。
特別に何かをを持ち合わせているわけではない。
ただ…自分ができることに正直に向き合い、どこかで莫迦をみている。
そんな気がする。
いい年齢なんだから、成長とか、変化とか、合わせるとかをすればいいのに。
子供の様に純朴にストレートに行動をする。
その結果、そこにある何かに苛立っている。
莫迦気ていると思うものの、それが何ともスマートではなく放っておけない気がした。
「だ~から、信じていればいいと言っただろう」
耳障りな大声が響く。
また…この声か。
見覚えのある気は、どうやら間違えていないようだ。
人が妖怪に似るのか…
妖怪がその容姿を乗っ取るのか…
その真実は知らないし、知ろうとも思わない。
ただ…その妖怪に見えるとき、その妖怪の特徴らしい行動をとるらしい。
そういう意味では、あれがぬらりひょんだと言われれば妙に納得できた。
その醜悪な姿を見せたくないのだろう。
いわゆる病院側の恥部…
だから事務員たちが、そいつを事務室に押し込もうとする。
それなのに、「どけ」と騒ぎ、前に出てこようとする。
まだ騒ぎが終結していないらしい。
その行動に、苛立ちがピークへと達していく。
全ての人が退院となるわけではない。
喜ぶ人の横で、自分の家族を心配する神妙な面持ちに対する配慮もない。
医療従事者らしからぬ行為。
その行為に、ため息が漏れてしまう。
ただその騒ぎの中心にいる男は医療従事者ではないようだ。
院長の説明では、過去理事をしていただけ…
いまは病院の理事だった男にすぎない。
何の権限もないのに、一度、理事として振舞ったことで我が物顔のようだ。
別にどうでもいい。
どうでもいいのだが…大きな声を出すだけで回りが振り回されている。
大声を出せば通ると思っている。
この騒ぎの原因も、案外そんなところにあるのかもしれない。
せめて、病院の理事を選ぶのなら、その人物は図るべきなのでは…と思ってしまう。
性善説。それが通じない奴は幾らでもいるのだろう。
まだ揉めているあの男を含めて…
それに載るように、ガヤッている人たちも…
それを嫌なニヤケ顔で煽っているぬるりひょんも。
(って何を正義の味方のように評論しているんだ…俺は…)
「下りないのか?」
龍騎の声に現実へと引き戻された。
「そうだな」
紘一は苦笑する。
乗ったままだと5階の病棟に戻る気がする。
そうなると…いろいろと言われそうだ。
そう思いながら一歩踏み出す。
エレベーターを降りると看護師が駆け巡っている。
もう少しお淑やかにすればいいのに…
とはいえ、それを口にする立場でもない。
一歩出たところで止まる。
その直後だった。
「ぐぇっ」
後ろから変な声が聞こえた。
振り返ると、タヌキの背中がエレベーターのドアに挟まっていた。
「何しているんですかね」
「見れば分かるだろう!」
龍騎は必死にもがく。
しかし短い手をバタつかせたところで…
ドアは無情にも閉じたままだ。
「助けろ!」
「いや、自力でどうにかできるかと」
「主従関係を考えろ!」
「………」
「いや、俺が悪かった」
紘一は△ボタンを押した。
ドアが開く。
龍騎は転がるように飛び出してきた。
「危うく二階へ連行されるところだった」
肩で息をしながら床を見つめながら言う。
上がらないよ、と教えるべきか真剣に悩みそうになる。
「タヌキのまま上がっていけ」
「誰がタヌキだ!」
「違うの?」
「龍だ!」
「え?」
「あ…観音だ…」
声が小さくなる。
心なしかほんのり赤くなっている。
紘一は思わず笑った。
あ~そういうことか、と気付く。
わざと毒気を抜いてくれたのだと。
…四つん這いで床にうなだれる姿に…偶然だった気もしてしまう。
「あ~タヌキさん、動いている」
その場に飽きた少女の声に龍騎がぴたりと動きを止めた。
紘一は苦笑だけを漏らして龍騎を、タヌキを拾い上げた。
律儀に四つん這いを維持している。
ふ~と息を抜きながらフロアを紘一は見た。
視界が開けると、いままで届いていなかった声が聞こえてくる。
駆け回る看護師の脇で電話をかけながら検査室へと駆け込む医師。
まるで部隊が終わった後のバックステージのようだ。
誰もが自分のやるべきことに追われるように走り回っている。
「意識が戻ったってホントですか!」
「先生!」
「もう大丈夫なんですか!?」
あちこちから声が飛ぶ。
紘一は思わず立ち止まった。
「あー」
「なんだ」
「俺、場違いだな」
龍騎が鼻を鳴らした。
「最初からだ」
「それもそうか」
苦笑する。
原因は、相変わらず不明のまま。
だるさを感じ、発熱、入院、投薬、そして退院。
でも、数日で戻ってくる。
その現状には医療ミスという言葉がちらついている。
その上での隔離発表。
当事者もその家族も気が気でないだろう。
何が起きたのかもわからないまま、命を落とした人もいる。
だから、面会で一喜一憂するしかない。
そこにまた揺らぎたつのは黒い霧だ。
正直、限がないようにも思える。
ただ、ここは知らない顔ができない。
求める物がここにある。
そう直感が教えてくれている。
小龍の変化を見れば、珠姫の宝玉の欠片はかなり戻っているのだろう。
…たぶん。
正直、自信はない。
ただそんな気がする。
小龍が変化していることだし…
…というよりはそうであってほしい。
自分に触れて消えている黒い小石たちが自分の中にたまっているとは思いたくない。
ロビーに向かって事務室へと足を向ける。
騒ぎは収まらないのに、エレベーター向かう歓喜する人のお陰でノイズのような悪意が届かない。
喜ぶ気持ちの放つ力が心地良く感じる。
ただ、一瞬でその雰囲気は変わる。
案内をする事務員の前と後ろ…止められている人たちは黒い霧を身体から立たせていた。
寒気と落胆の間…空気の澱みに気分が悪くなる。
歓声と泣き声。
怒声の応酬。
安堵の空気が遠ざかっていく。
その奥、事務所の前に濃い黒い靄がかかっている。
そこから、ほんの僅かにだが、嫌な気配が零れるようにロビーに広がろうとしている。
「いい加減にしろ! お前らはいうことを聞いていればいいんだ」
その声とともに、黒い靄は一気に事務室から噴き出した。
病棟の複数の人が侵されていた状況ほどではないが、濃い。
まるで漆黒の闇を見ている気にさえなってしまう。
まだ間に合う。
いまなら…
「結構往生際が悪いよな」
龍騎がポツリと呟く。
手の中で。
「俺を握っているのを忘れているかもしれないが」
龍騎が意味ありげに言葉を区切った。
「手汗がきもいぞ」
「…うるさい」
そう言いながらも、紘一は柄を握り直した。
「よし」
クルリと紘一は反転した。
「えっ」
何も無かったかのような顔をして、タヌキのぬいぐるみを胸ポケットに押し込む。
「おい、反対だぞ」
「やっぱり駄目か」
紘一はニヤッと笑った。
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
今回、チャレンジ企画に挑戦!です
よろしければお付き合い願えればと思います




