第50話 命燃やします! ってふざけんな!
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・医療機関・地名・制度・報道内容・感染症等はすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、作中に描かれる医療対応・行政措置・報道表現等は物語上の演出を含み、実際の法令・運用・対応手順とは異なる場合があります。
紘一は自分でも何をしているのか分からなかった。
ただ…身体が勝手に前へ出た。
近付くといままで見えていなかったものが見えてくる。
黒龍が集めていた瘴気には幾つもの種類があった。
黒い渦に見えていたのは、実際には黒と白の何かが混ざっていた。
それはたぶん質が違うのだろう。
だからか、ぶつかり合うたびに稲光のようなものが走る。
駆け出したもののビビっている自分を感じる。
黒い渦が目の前で口を開く。
生暖かい風が吹き抜けた。
まるで底の見えない穴…奈落にも見える。
普通なら…逃げる。
いや、普通じゃなくても逃げたい。
逃げて当然というよりもやっぱり普通に思えてしまう。
絶対、葉月はこんなことのために仕事をくれたんじゃない。
頭の中を逃げる理由で埋め尽くしてみたけど…
それでも足は止まらない。
「後は任せた」
誰に向けた言葉だったのか。
自分でも分からない。
その瞬間だった。
右手のリングの目が光を放ち熱を帯びた。
ギィィィィン……!
咆哮が世界を震わせる。
黒い龍が紘一の頭上を駆け抜けた。
えっ?
紘一は反射的に立ち止まった。
叫んだのはリングなのに…
紘一の上を抜けていったのは渦を作り出していた龍だ。
気のせいか、さっきよりも大きくなっている。
まるで集め続けていた瘴気を置き去りにするように…
黒い龍は大きな弧を描きながら天高く昇っていく。
天音がパン!と大きな音を立てて扇子を閉じた。
これまでの舞から演武へと動きを変える。
扇子を剣に見立てるようにして渦へと向かっていく。
高濃度の瘴気を前に躊躇したくなる。
失敗すれば依り代がもつ保証はない。
それでも…引けないのなら、知っているすべてを叩き込む。
四人で過ごした時間が後ろ髪を引く。
龍騎に偉そうに言うんじゃなかった。
迷うな!
天音はふっと短く息を吐くと地を蹴った。
一歩踏み出した瞬間だった。
どすっ!
えっ…?
手が当たった方を見ると紘一がいた。
「痛い」
そうだと思う。
扇子の切っ先がまともに紘一の脇腹にあたった。
「どうして」
「あ~、無茶してそうだったから」
「え」
「それに…きた」
紘一は、冷や汗をかきながら空を指さした。
弧を描くようにして去った龍が天高くから一気に降りてくる。
渦の上部に向けて、まるで鎌を振り落とすかのような勢いで。
ガシッィッィィィイイ!
稲光が飛び散る。
それを避けるように奏音が横に飛んだ。
バシィィ!
何かに落雷が当たる。
シュ~ッと蒸発するような音があちらこちらで鳴る。
強引なまでに龍はその渦を断ち切った。
渦が消滅したかと思うとその中心には黒い影があった。
宙に浮いていたその影は、浮力を失くしたようにその場から落下する。
べしゃっ…と地に叩き付けられた。
そのシルエットを紘一は知っていた。
いや、つい数分前にも見たばかりだ。
天音も、奏音も気付いただろう。
ぬらりとしたシルエット。
その姿には見覚えがあった。
ぬらりひょんに取り込まれるように引っ張られていた黒と白の気配の多くは…
雨のように降り注いだ落雷によって消滅した。
地のいたる処から煙が上がっている。
そして、いつの間にか…勝手に?紘一の手の中に剣の柄があった。
しっくりとくる持ち応えが気に入らない。
黒龍はその身に貯めたエネルギを渦にぶつけたのだろうか。
黒龍はその身を剣へと変え、強引に紘一の手へ収まった。
絶対に持てないと思っていた身体が、いつの間にか片手で扱える大きさになっていた。
黒い影が慌てて立ち上がり手をこちらに突き出して振っている。
来るなと言わんばかりに。
命…その重さを何度も考えさせられてきた。
軽んじるべきものは、何一つとして存在しない。
それでも止められない衝動がある。
紘一は、鉛のように重く感じる足を引きずるようにして前に進む。
剣を振り上げ、その重さのままに下へと振り落とした。
手応えはなかった。
それでも確かに何かを断ち切った感覚だけが残る。
耳障りな断末魔が響く。
だが、その存在が消え去りはしない。
拳程度の大きさの影を残し、慌てて逃げていく。
靄となり、霧となって、消えた。
紘一は空を仰ぎ見た。
気分の悪さだけが残る。
天音が歩み寄り、ポンと肩を叩いた。
「どうしたの?」
「胸糞悪い」
「え?」
「都合よく使って、危なくなったら使い捨てるようなあいつが」
「…人の心が生み出しているからね」
「………」
「本体を見つけないとね。そいつの性格のままよ」
「余計に気分悪いね…ん?」
「どうしたの?」
「あの人は何しているのかな?」
紘一の視線の先には志乃がいた。
まだ祈っている。
「あの騒ぎの中で?」
天音はクスッと笑った。
落雷だけが縦横無尽に降り注ぐ中…
多くの瘴気を戻るべき処へと送り出していた。
魂の状態で傷付くことの危険性は教えてくべきかな、と奏音が呆れ顔でため息をこぼす。
そんな基本的なことも教えていないの?と天音を睨むように見てしまう。
でも、そこで奏音が気付く。
天音が補助しているのは単なる素人ではない。
龍の巫女としての力を受け継いだ者だからだ。
「志乃…あなた」
志乃が振り向く。
「巫女を継ぐの?」
「えっ? まさか、無理だよ」
「え」
「誰かのためにとか、どう考えても無理でしょ」
志乃は屈託なく笑う。
いまのいままで他人のために命を張っていた癖に。
それを自覚していないところまで誰かに似ている。
奏音は苦笑した。
天音もつられるように笑う。
奏音は静かに目を開けた。
「義姉さん…手を借りても」
「大丈夫なの?」
「どうしたの?」
志乃の母は、時計を見た。
1分も過ぎていない。
どうも、鳴海紘一が関係してから時間の感覚がおかしくなっている。
そんな気がしてしまう。
彼には何の関係もないと分かってはいるのに…
「もう大丈夫なの?」
「だって、外、煩くない?」
奏音に言われて外の様子を見に行く。
煩いどころか静寂に満ちていた。
でも、次の瞬間、歓声が上がった。
狂喜して喜ぶ家族たちの姿があった。
「叔母さん! 大丈夫?」
母親を押し退けるようにして志乃が病室へ飛び込んできた。
その手にはタヌキのぬいぐるみが握られていた。
「あ、うん。問題ないみたい……」
「どうしたの?」
「鳴海さんは?」
「えっ」
志乃が振り返ると紘一はいなかった。
廊下にも出て確認したけどいない。
「あれ」
本当にいない。
まるで最初からそこにいなかったみたいに。
「逃げたね」
天音の声がタヌキのぬいぐるみから聞こえた。
少しだけときを遡る。
志乃は勢いよく目を開いた。
看護師たちが慌ただしく走り回っている。
「天音!」
志乃は反射的にタヌキのぬいぐるみを掴んだ。
計器の確認がされ、アラームが止められていく。
病死と廊下の出入りが激しくなっていく中、志乃は奏音の病室へと急いだ。
その頃、「お帰り」と龍騎が呟く。
「どうも」
紘一は足元で壁に凭れて格好をつけているぬいぐるみに声を掛けた。
「で、どうだった?」
「世は常に太平…というやつだ」
「嘘が荒いな」
龍騎は苦笑をする。
「志乃についていてやってくれ」
「断る」
「……天音と一緒にいてくれ」
「断る」
即答だった。
紘一の歩幅に合わせるように龍騎は走る。
トテトテと。
何人かの看護師がその光景に固まる。
「どうして残そうとする?」
「依り代にいるからと言って命を軽んじるから」
その紘一の言葉に胸がズキンと痛んだ。
「天音、何かしたのか?」
「何も…」
「そうか、したのか」
龍騎は、自動ドアのセンサーへと飛び乗った。
開かない。
「ほら、病棟もう行くなって」
「違うな、何を企んでいる?」
「何も…お前は俺にやらせたくないんだろうなって」
「…俺が変わり…は無理か」
「タヌキに言われてもな」
「誰がタヌキだ」
自動ドアが開く。
紘一は▽ボタンを押した。
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
今回、チャレンジ企画に挑戦!です
よろしければお付き合い願えればと思います




