第49話 主人公ですが…役に立てていますか? 不安です!
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・医療機関・地名・制度・報道内容・感染症等はすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、作中に描かれる医療対応・行政措置・報道表現等は物語上の演出を含み、実際の法令・運用・対応手順とは異なる場合があります。
紘一は空を見上げていた。
空と言っていいのか分からない。
光と闇がせめぎ合う世界…他人事のように見えているが紘一の精神世界。
黒い瘴気が空間を侵食しようとし、その合間を縫うように白い光が流れている。
その中央で。
紘一は大の字に転がっていた。
「…痛い」
精神世界なのに。
そう思うと笑えてくる。
頬を打った感触も。
背中の痛みも。
やけに現実的だった。
「ホント…ブラック企業だよな」
誰に言うでもなく呟く。
返事はない。
代わりに遠くから鈴の音が聞こえた。
シャン!
紘一はゆっくりと顔を向ける。
光の中で一人の巫女が舞っていた。
ただその舞はどこか危なっかしかった。
志乃だ。
必死に。
いまにも倒れそうな顔で、肩で息をしながら…
それでも舞を止めずに、天音の舞を追いかけている。
身体が重い。
残念だけど、何の助けにもならない。
それでも…何もしないわけにはいかない。
知らないままに助けられてばかりいるわけにもいかない。
紘一の方が年上なのだから…
よっと足を振り上げて紘一は立ち上がった。
不意に自分の足元にまで黒い靄が広がっていた。
霧が立ち込めるように、外側から内側に向かって広がるかのようにも思えた。
それは志乃たちに弾かれて、力を無くして落ちてきているようにも見えた。
彼女たちを中心に光の空間が広がっていく。
だからこそ、濃い靄は彼女たちへ向かっているのかもしれない。
シャン!
不意に。
聞き覚えのない鈴の音が重なった。
その音が波紋のように広がった。
立ち始めた瘴気が搔き消されていく。
「ん?」
紘一は顔を上げた。
天音でもない。
志乃でもない。
もうひとつ。
静かで澄んだ音色。
光の向こう側から現れた巫女に紘一は目を細めた。
見覚えがあるがピンと来ない。
年の頃は天音よりも上、志乃より下にも見える。
それなのに、不思議と目を奪われた。
天音の舞が風なら。
志乃の舞は必死に追いかける小川だ。
だが、彼女の舞は違った。
天音並みに洗練されている。
流れる水そのもののようによどみなく流れていく。
無駄がない。
力みもない。
ただ一歩踏み出すだけで空気が変わる。
鈴が鳴る。
シャン!
扇子が空を斬る。
その音だけで周囲の瘴気がほどけるように消えていった。
「誰だ……?」
紘一が思わず呟く。
志乃は思わず顔を上げた。
見間違えるはずがない。
幼いころ何度も見た舞。
憧れた背中。
「叔母さん……?」
どう見ても知らない少女に見えるのにそう口から洩れた。
「ホント、何しているのかな」
少女は舞いながら顔を見せてくれる。
その顔はやっぱり知らない。
でも少し?歳を取らせれば奏音だった。
天音がクスッと笑う。
「叔母さんこ……そ…舞踊をしていたよね?」
志乃は舞を止め呟く。
記憶が混乱している気分だった。
父が見せてくれたアルバムの中にいた奏音が前にいる。
確か、16~17歳くらい。
「いまごろ?」
奏音は苦笑した。
言いながら舞を続ける。
「で…いま?」
「だって」
志乃は頬を膨らませた。
「集中しないと呑まれるよ」
緊張感の無さに天音が苦笑をする。
「舞の最中にお喋りをするのは貴女たちくらいでは?」
そのままくるりと身を翻す。
その動きに合わせるように鈴が鳴る。
シャン!
奏音と目が合う。
奏音は小さく頷いた。
それだけで十分だった。
天音はステップを変えるように外側に向けて一歩踏み出した。
志乃を中心に円を描くように広がっていく。
それに合わせるように、さっきまで天音が舞っていた舞へと移行する。
美しく、静かな舞の繋ぎ、それは何度も繰り返され身につけたものだった。
祖母が奏音を巫女と認めたのは17のときだ。
精神世界の姿はそのときで何故か成長を止める。
使える舞も力も上がっていくのに…その理屈は知らない。
ただそういうものだと教わった。
だから、誰かの内なる世界にはできるだけ入らないように言われた。
ホント…次から次へと教えを破る弟子で孫だ、と溜息が漏れる。
師匠にすれば、曾孫を守るためだ。
目を瞑ってもらおう。
天音の動きを目で追いながら、志乃を中心に反対側になる位置を確認する。
少しずつ舞う位置を志乃から離していく。
正確に一つの線になるように動き、志乃を周回するように舞っていく。
二人の軌跡が志乃を包む。
光の輪が一段階大きくなる。
シャン!
シャン!
二つの鈴の音が重なる。
押し寄せていた瘴気が弾かれるように後退した。
志乃は思わず息を呑んだ。
さっきまで必死だった。
消しても消しても湧いてくる。
終わりが見えなかった。
それなのに。
一人が加わっただけで空気が変わる。
浄化の速度そのものが違った。
「すごっ」
思わず零れる。
天音は肩を竦め、「貴女が未熟なだけよ」と微笑みかけてくれる。
「ひどい」と頬を膨らませて抵抗してみる。
「間違えていないよね?」
間髪入れない返答。
舞にも優雅さが加わる。
志乃は大袈裟にその場で膝をついた。
奏音が吹き出す。
「そこは褒めて伸ばすところじゃない?」
「褒める要素があれば考えるわ」
「うわぁ……」
志乃は口を尖らせた。
でも、不思議と気持ちは軽かった。
「止めろ!っていったからね」
天音の一言に奏音が「えっ」と顔を曇らせた。
志乃は慌てて顔を背ける。
でも、不思議と楽しかった。
一人ではない。
それだけで身体の重さが違う。
シャン!
奏音の鈴が鳴る。
その音に導かれるように光が広がっていく。
瘴気がほどける。
闇が裂ける。
でも…天音の表情は晴れなかった。
「…やっぱり」
小さく呟く。
「天音ちゃん?」
「根っこ?が消えてない」
天音は黒い空を見上げた。
浄化はできている。
だが…瘴気の流れそのものは止まっていない。
どこかで生まれ続けている。
空から地へとつながる一本の筋がそれを物語っている。
その塊は逃げるように、志乃たちから距離をとり始めた。
「中心は、まだ向こうね」
奏音も視線を上げた。
志乃も息を呑む。
光と闇がせめぎ合う世界のさらに奥。
黒い靄が渦を巻いている。
それが向かう先にゆっくりと起き上がろうとする人影が見えた。
「鳴海さん…」
奏音が小さく呟く。
その瞬間だった。
人影がゆっくりと立ち上がる。
まるで呼ばれたことに応えるように。
「凄いわ」
ポツリと紘一は呟いた。
呼べば、小龍は…というかいつの間にか成長している。
腕に巻き付けそうにない大きさに呆気にとられてしまう。
たぶん…大丈夫だ。
そのまま適切な大きさに縮んでバングルに…
そういえばどうして指輪に戻れなかったのだろうか…
嫌な予感しかしてこない。
とはいえ…だな…
紘一は溜息をついた。
できること…というよりも解っているのはひとつだけだ。
任せきりも格好良くないし、やるしかない。
紘一は渦に向かって駆け出した。
「ホント…莫迦」
天音は近付いてくるこの世界の主を見て苦笑する。
霧状になって広がっていた瘴気、靄は晴れている。
時間をかければ、残りも浄化できるだろう。
志乃の祈りは昇華に力を貸していることだし…
ただ悪意に侵された人たちには時間がない。
ここで断ち切らなければ、こいつ等は宿りにした人へと戻っていく。
それは摂理である以上だれにも止められない。
止めるのなら、昇華させてしまう必要がある。
浄化では間に合わないから…
「天音ちゃん」
「ん?」
駆け寄った志乃の頭を天音は撫でる。
「これは?」
「黒龍の力でも間にあっていないね」
天音は苦笑で答える。
「何か手はあるの?」
奏音が尋ねた。
「二人なら…どうにかできるかな?」
「それはいいけど、収まっているのに?」
「開放する莫迦が来る」
天音は苦笑をした。
「えっ」
奏音が天音の視線を追うと青年というには壮年が駆け込んできていた。
武器らしいものは何も手にしていない。
それでも、飛び掛かろうとしている。
「志乃…祈りを捧げて」
天音の声は優しい。
そして、その瞳は、愛しい人を見ているように暖かく感じられた。
志乃はその場に、渦の方を向いて膝をついた。
頭を垂れる用にして、胸もとで手をしっかりと握り合わせる。
有るべき世界へ。
行くべき世界へ。
静かに願うだけ。
多くの瘴気は光へと転化されていった。
同じように、自らが行くべき世界へといけることを願い始める。
何も教えていないのに、本能だろうか。
どうでもいいが…結果が出るのなら…
奏音は息を飲んだ。
この後、何が起きるのだろう。
鳴海紘一には祓う力は感じられない。
それでも、さっき助けてくれた事実は変わらない。
この辺が限界? 怖いぞ…
紘一は渦へ向かって走った。
右手人差し指のリングを見つめる。
頼む…
そう願う。
が、何も起きない。
すでに止まったところで渦に吸い上げられるのは必至だった。
スライディングするように飛び込み、渦の脇を抜けて走っていく。
「や、やぁ。助っ人です」
紘一は、天音の横を駆け抜けた。
「莫迦」
「…ひど」
そのまま、向きを変えて紘一は止まった。
紘一は息を大きく吸った。
右手人差し指のリングを見る。
今度こそ、頼む…
そう願った。
指輪は沈黙したままだった。
「おい!」
思わず声が漏れる。
その瞬間だった。
ギィィィィン…!
耳を裂くような音が響いた。
黒い龍が咆哮する。
紘一はもう一度、渦に向かって駆け出した。
天音が紘一の距離を確認してから渦の方へと視線を向けた。
両手に扇子を持っている。
白と黒の扇子だった。
ゆっくりとした動きで舞が始まる。
奏音がその舞を見るのは初めてだった。
祖母から教わり、母と何度も舞ったものとは違う。
でもわかる。
天音のいまの動きが、奏音の知っている舞へとつながる。
光の流れ。
呼吸。
足運び。
光と闇を媒介にして穢れを祓う。
奏音は息を呑んだ。
これも間違いなく巫女の舞だった。
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
今回、チャレンジ企画に挑戦!です
よろしければお付き合い願えればと思います
☆作品テンポの関係で30分後に次の話をUPします




