第47話 決戦は無理矢理に! 逃げてもいいですか?
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・医療機関・地名・制度・報道内容・感染症等はすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、作中に描かれる医療対応・行政措置・報道表現等は物語上の演出を含み、実際の法令・運用・対応手順とは異なる場合があります。
ガラッと急に後ろのドアが開いた。
看護師が勢いよく飛び出してきて病室のドアを開けていく。
一気に黒い靄があふれ出した。
「倍増?」
「何倍増しよ」
志乃が肩を落として言う。
何を言ったところで何も解決しないことも分かっている。
ただ、龍が優雅に泳いでいくのが頼もしく見えた。
天井近くから靄は消えていく。
ただ悠長に構えているゆとりがないことは理解している。
黒い靄は病室から漏れ出しているだけではない。
廊下の奥からも。
換気口の隙間からも。
まるで病棟全体が呼吸するように吐き出している。
「おいおい……」
紘一の顔が引きつった。
それなのに何処か笑っているようにも見える。
予想していた量ではない。
奏音の部屋に溢れていた量の何倍もあることになりそうだ。
黒い流れは細い糸ではなく、川に、泥流になり始めている。
それでも小龍は相変わらず優雅に泳いでいる。
「間に合うのか」
ポツリと呟いた瞬間だった
小龍は、靄を巻き込みながら渦を作りはじめた。
最初は小さな渦だった。
川面に落ちた木の葉が描くような、小さな円。
だが、それは瞬く間に大きくなっていく。
廊下に漂っていた黒い靄が吸い寄せられるように。
病室の隙間から漏れ出していた靄も。
換気口の周囲に絡みついていた靄も。
糸が束になり、束が流れになり、小龍の周囲へと集まっていく。
「え~…」
紘一は思わず声を漏らした。
吸い込んでいる。
それも予想を遥かに超える勢いで。
まるで病棟全体を掃除しようとしているみたいだった。
「龍騎、あれ…大丈夫なのか?」
「知らん」
即答だった。
「知らんって」
「…言っておくが、黒龍神の神具を預かった奴は初めてだからな」
「え」
「何が起きても説明は後からの辻褄合わせだけだぞ」
「…結構、いい加減だよな」
「だから…俺も初めて見てる」
珍しく龍騎の声に余裕がない。
黒い流れは渦へと飲み込まれ続けている。
その中心で、小龍だけが静かにのこっている。
やっぱり…優雅に。
当然のように。
まるで最初からそうするつもりだったかのように。
でも、楽観できる状況ではなさそうだ。
集まる量が多すぎる。
浄化なんて間に合うのか。
不安が一気に膨らんでいく。
「紘一!」
「ん?」
龍騎の声にハッとして、龍騎を見た。
「落ち着け…そう言いたいところだが…自分を信じろ」
「…簡単だよな、言うのは」
「言うだけだからな」
龍騎はニヤッと笑った。
その軽口に少しだけ肩の力が抜ける。
不安が消えたわけじゃない。
それでも立ち止まっている場合じゃないことだけは分かった。
「どうするの? ううん、何か考えはある?」
志乃は紘一に駆け寄りながら訊ねた。
できる事は知れている。
「考えと言うほどのこともないけど」
紘一は、壁に寄りながら答えてくれた。
志乃もその隣に…壁へ身体を預ける。
そこで初めて気付いた。
紘一の顔色が悪い。
緊張しているのだろうか。
額には細かな汗が滲んでいた。
それなのに、無理に平静を装っているようにも見える。
「俺は誰かに入れるわけじゃないけど…」
「うん」
志乃はそっと紘一の手を握った。
(あれ…指輪…)
視線が一瞬、紘一の手へと流れる。
指輪の形が変わっているような気がした。
まさか…これが原因じゃないよね…と紘一の顔を見詰めてしまう。
明らかに気負っている。
「できるかどうかは…まだ自信ないけど」
「ああ」
「天音がせめて居てくれたら」
「自分を信じようぜ」
ニッと口角を上げながら紘一が言う。
「うん」
龍が靄を消していく速度よりも、病室から溢れてくる速度の方が速い。
黒い流れはなおも広がり続けているようにも見えた。
でも、澄んだ空気の方が空間を占め始めていた。
その代わり、小龍が生み出している渦の色は濃くなっていく。
漆黒というよりも何処までも引き込むような闇にも見える。
紘一は、目を静かに閉じた。
直感でできるほど器用な人間ではない。
できる事があるならば、手順を追うしかなかった。
紘一は呼吸を整えるために、気持ちを静めることを意識する。
吸う。
吐く。
小龍の気配を探るように意識を沈める。
その刹那、小龍は靄を喰らうかのよう大きく口を開けた。
その瞬間だった。
紘一の意識が強引に引き込まれる。
足元が消えるように抜けた。
落ちる。
そう感じたときには身体が引き込まれていた。
落ちていく…どこまでも。
真っ黒な世界が広がっていた。
ドプン…
タールのような重い闇へ身体が沈んだ。
息苦しい。
まとわりつく瘴気が肺の中まで入り込んでくる気がした。
ただ、その高密度のものは、口に触れるものの中には入ってこない。
その代わりの呼吸を邪魔してくるようだった。
もがく。
手を伸ばす。
足を動かす。
方角を見失うような感覚に動揺している自分に気が付く。
『大丈夫だ。自分を信じろ』
その声が頭の中に響く。
良いところだけを持って行くヤツだ。
そのときだった。
コツリ、と足裏に感触が返ってきた。
ㇳッと地に足がついた感じがした。
そのままの勢いでもがくようにしてその闇から抜け出そうと足掻いてみる。
掻き分けられるくらいにこの黒い瘴気は身にまとわりついてくる。
がはっ…はぁはぁ…
瘴気の塊から顔を出し、紘一は光の世界へと身を躍らせた。
勢いよく地に転がってしまう。
痛っ!
仰向けに転がったまま息を吐く。
そして…苦笑が漏れた。
精神世界なら、もう少し幻想的なものでいいのに、と。
痛覚まで再現する必要あるか?
むしろ現実より容赦がない気がする。
真面目も度が過ぎると困る。
「ブラック企業かよ」
誰に言うでもなく呟いた。
龍騎は小龍の変化に呆気に取られていた。
「紘一? おい」
龍騎が不安そうな声を上げた。
紘一は答えない。
いや、答えられない。
すでに…
小龍が靄を喰らうたびに身体に変化が生まれている。
黒く磨きのかかった鱗は、黒曜石をも思わせる。
まるで成龍になるかのように進化をしていく。
それでも小さい。
ただ、それだけだ。
その姿は、猛々しくも凛々しい。
まるで黒龍神の面影をそのまま映したかのようだった。
って…見惚れている場合では…
龍騎は、紘一の足に触れた。
この依り代で何度も使えるわけじゃない。
下手をしたら、宝玉が壊れるかもしれない。
それを…気にする必要もない。
そう決めた瞬間、頭をバコン!と叩かれた。
どちらかというと蹴られた感じで紘一から引き離された。
「痛い」
「莫迦じゃないの?」
「いやだって…」
「無理をしているのが分かっているんでしょ?」
「それは…」
「命を無駄にしないで」
天音の声は震えていた。
「すまん」
「ホント莫迦な男ばっかりなんだから」
「…性別ないけど」
キッと無言で天音に睨まれた。
目に涙を一杯溜めているように見えた。
それが一番辛かった。
でも、龍騎には嫌な予感しかしなかった。
そのときだった。
視界の端で黒龍が大きく旋回する。
病棟中の靄が一斉に引き寄せられた。
まるで堰を切ったように。
「ちょっ…」
世界が揺れた。
天音は反射的に空を見上げた。
「志乃!」
天音の声が響く。
次の瞬間。
志乃の足元に光の輪が広がった。
自然と舞が始まる。
最初は良かった。
集まった靄が光に触れるたび消えていく。
しかし。
量が多すぎた。
黒い流れが次から次へ押し寄せる。
光へと転化させていく。
消す。
消す。
追いつかない。
志乃の呼吸が乱れた。
額に汗が浮かぶ。
足元がふらつく。
「量が多かったかな」
天音の表情が変わる。
「まだ!」
志乃は舞を止めない。
だが。
浄化しきれなかった靄が光の輪を突破した。
その瞬間。
天音が飛び出した。
志乃の背中へ触れる。
光が一段階強くなる。
歴代巫女たちの気配が重なる。
「一人で抱えてもね」
天音はそう言って笑う。
ただ奏音のときに無理をしている。
どこまで持つのかは未知数でしかなかった。
「でも!」
「あなたは正式に巫女に成れてないのよ! あっ」
「やっぱり」
志乃は苦笑を漏らした。
全然力不足だと思う。
天音の力を借りなければ何もできないのも分かっている。
「ごめん…独りで一連の儀を最後までやり遂げて、初めて巫女になれるの」
「未熟だけど…引けない」
「どうして」
天音の声が響く。
志乃は一瞬だけ紘一の方を見た。
「無関係なのに、命を削っている莫迦を見ているから」
天音が目を細めた。
「まだ巫女になったばかりの見習いのくせに」
天音は、志乃を抱きしめた。
「天音ちゃん?」
「ホント、少し下がっていて」
「う、うん」
天音に気圧される感じで志乃は下がった。
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
今回、チャレンジ企画に挑戦!です
よろしければお付き合い願えればと思います




