第42話 ときは…周りでも過ぎるものです!
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・医療機関・地名・制度・報道内容・感染症等はすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、作中に描かれる医療対応・行政措置・報道表現等は物語上の演出を含み、実際の法令・運用・対応手順とは異なる場合があります。
志乃の叔母=篠宮奏音は、気怠さに襲われていた。
本当に回復するのだろうか。
熱は…下がっている。
でも、身体の奥に鉛が残っているみたいだった。
本当に回復へ向かっているのだろうか。
不安だけが、静かに胸の内側へと積み重なっていく。
病室の天井を見つめる以外にすることがない。
足元に追いやったオーバーベッドテーブルの上には本が山積みになっている。
看護師との会話も、「読むの早すぎですよね」が定番化していた。
隔離状態に近いこともあって、仲良くなった看護師が小説をさし入れてくれる。
もともと読書は好きだ。
これといったジャンルに拘りはなく、流行や本屋大賞などを手にする。
大きなショーレースのものは、雑誌掲載を毎年楽しみにしている程度に読書好きだ。
とはいえ…本ばかり読んでいると余計なことを思い始めるのも事実だ。
こういう時は何も考えない。何もしない。
それが正解だとは思うが、寝転べば余計なことが頭をよぎる。
見えるのは白い天井だけ。
個室が与えられていることもあり、トイレも簡単なシャワーもついてる。
つまり、病院側としては、できるだけ他の患者との接触をしてほしくない。
ということになる。
推理小説を指し入れてもらった影響かそんなことを考えてしまう。
いや…現実から目を背けるのは意味がない。
隙を突かれたとはいえ、病魔の何かを受け入れた。
普通では考えられない病気…解熱剤と抗生物質、そして安静。
様々な検査をしたところで何の異常も見つけられない。
それが説明だった。
だから、細菌性の発熱だろう、と簡単に片付けられてしまった。
でも、結論が出なくても、同じ症状の患者がいても…
同じ対応で回復するのだから、他に何もできない。
変わった症例をどこまで共有するのかはわからないが、医療生協では、近隣に医療生協が運営する診療所があり、そこから、同一症状がでた場合には、病院へと紹介という形で送られてくる。そのせいで、このフロア半分は、この原因がつかめない発熱患者が集まっている。もともとは、パンデミックのときに助成金を活用して用意されたゾーニングエリアだ。
最初、発熱で倒れて運び込まれたときは気付かなかった。
症状が治まり始めると、ふと違和感を覚えた。
それが瘴気と呼ばれるものであることは知っていた。
ただ、何となく時間とともに薄れていく。
体調の回復にあわせて、その気配は消えていった。
気のせいにするというよりも、気に留める必要はないと思っていた。
まさか、もう一度ここに…ゾーニングに戻されるとは思っていなかった。
ゾーニング…感染症予防対策病棟。
どの病院も用意をしているだけで普通の入院患者を受け入れるように使っている。
パンデミックのときならいざ知らず…もう気に留めている人もいないだろう。
奏音は、そのパンデミックのときにここを訪れている。
良くしてくれた職場の先輩が行くという苦い経験をしている。
下で志乃を待たせて上がってきたのは、身寄りがない彼女の荷物を引き取るためだ。
ナースステーションの前で待たされて、荷物だけを預かる。
それだけの役目とはいえ、疲弊している看護師や医師を見るのは…
少し前に下の方で大きな負の塊が生まれた。
病院を包み込むくらいの勢いで瘴気は立ち込めた。
まぁ、薄くうっすらとした靄のようなものにすぎなかったが。
その元凶は、たぶん駐車場だろう。
それくらいはわかる。
それがどす黒く…周りの気持ちを絡み取り膨らんだ。
それなのに…次の一瞬で、それらは消えた。
ここまで届いて感じるほどの重苦しさがゆっくりと薄れていっている。
理由はわからない。
それでもまだ少し残っている感じがしている。
そのざわざわとする肌感覚がため息の理由だった。
「退院決まったのに…なんか嫌な感じね」
看護師が食事を下げながら、ため息を零した奏音に声をかけた。
「だね…でも、また戻される方が嫌だから」
「それはそうね」
「見えるか?」
「…簡単に言ってくれるな」
紘一は苦笑をこぼした。
「大丈夫だ、目を開けてみろ」
ポンポンと足を叩きながら龍騎が言う。
その瞬間、世界が一変した。
暗闇に漂う自分が見えた。
見えたと思った瞬間、溺れるかのように足搔き始めた。
「目を開けてみろ」
「おう」
紘一が目を開くと、龍騎はため息を力一杯吐いた。
「何?」
「もう一度な、意識の中で…目を開けろ」
「……はは、なるほど」
紘一はもう一度目を閉じて呼吸を落ち着けた。
奏音は、ベッドから降りた。
病棟のざわつきが気にかかる。
看護師は何も言わない。
お喋りな面々が黙ることにはそれなりの理由がある。
それを追求するつもりはない。
ただ、発熱で病院に戻されてから、同じ治療が施されているせいか身体がだるい。
薬の副作用的なものだろう。
生きるための栄養は点滴で与えられているとはいえ…体力と筋力の低下は否めない。
筋力の低下は、年々、痛感しているうえだから、余計にだった。
廊下に出ると幾つかの病室から黒い靄が漏れ出している。
『面会謝絶』のボードが置かれている。
発熱者が出れば、それが掲げられる。
感染原因がわからないだけにこれが精一杯なのだろう。
いまさら…
ふとそんな言葉が浮かんでしまう。
昔。
祖母が似たようなことを言っていた。
『風向きが変わる』と。
意味は聞かなかった。
聞いても教えてくれなかった。
ただ優しく、抱き留めるように微笑んでくれる。
母も祖母も、そういう話をするときだけ曖昧に笑った。
どこかで自分には関係のない話だと思っていた。
ただ、母に憧れて舞は習った。
優しい祖母もそのときだけは鬼のように怖かった。
中途半端にすると『心が囚われるから』と。
頑張れば頑張っただけ優しくしてくれる。
暖かいぬくもりの中に包まれるのが嬉しかった。
祖母が免許皆伝と言ってくれたとき、母は寂しそうに「莫迦ね」と呟いた。
それを…なぜだろう…いま思い出すのは。
その謎を聞けないままに、母も数年前に逝った。
結局、理由は知らないまま…できることといえば…
母に言われるままに、竹生島で招財小判御守を毎年交換に行くことだけ。
『これまでの時間に感謝します。これからもよろしくお願いします』
真言とは別にそれだけを口にする。
いまになっては、その行動だけが母とのつながりになってしまった気がする。
今年は、こんな状態で姪に頼んだが…
あれ…
不意に体が重くなった。
奏音は慌てて自室に戻った。
視界がゆがむ。
ギリギリ、ベッドに手をついた。
その空間は光で眩しかった。
浮かんでいたはずなのに、いつの間にか大地に立っている。
足下が少し濡れているような感じがあった。
それが何かを気にかける気にはなれない。
ただ焦っている。
「残留思念が残っているな」
優男が不意に現れた。
取材で芸能人や著名人を見てきた紘一ですら、一瞬言葉を失う。
記事なら『端正な顔立ち』と書くのだろうが、そんな定型句では到底足りない色男だった。
正直、反則だろ、と紘一は思う。
男の自分ですら見惚れそうになるほど整った顔をしていた。
「誰?」
「分かっていって聞いてるよな」
龍騎が苦笑する。
「って…時間浪費する暇ないんだが」
「ホント?」
「いや、たぶん1秒も過ぎてない」
「…やっぱり龍騎か」
紘一は肩を落としてため息を添えた。
「少し時間を戻すぞ」
「…神様みたい」
「仏様だっつうの」
龍騎は苦笑いを零した。
紘一の前で時間が遡るように世界に変化が生まれる。
絶世の美女が舞を披露している。
それをファンのように見守るように熱視線を送っている志乃が立っている。
黒い霧が晴れ、ゼリー状の物体が残った。
「頑張って」
たぶん天音が苦笑いしながら志乃に言った。
「うん」
志乃はスライムを見てから天音を見た。
「無理」
「大丈夫、信じているから」
「それ何の役にも立たない」
まったくだ…と紘一は思ってぷっと噴き出す。
慌てて手で口を押えるが、二人は自分には気付いていなかった。
「何やっているんだ?」
「え…だって」
「時間枠が違うから見えないぞ」
龍騎は苦笑する。
「祈ってあげて」
天音は苦笑交じりにそう伝えた。
志乃はトトッとスライムに近付いた。
そして…
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
今回、チャレンジ企画に挑戦!です
よろしければお付き合い願えればと思います
☆作品テンポの関係で30分後に次の話をUPします




