第37話 渦巻く感情…人はそれを…と呼ぶ?
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・医療機関・地名・制度・報道内容・感染症等はすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、作中に描かれる医療対応・行政措置・報道表現等は物語上の演出を含み、実際の法令・運用・対応手順とは異なる場合があります。
紘一は、ふ~と息をゆっくり吐き出した。
本当は俯瞰して見る必要がある。
でも、それができたらエッセイなど書いていない。
自分の感情のままペンを走らせ…キーボードを叩く。
並んでいく文字を眺めながら、時々混ざる誤変換に苦笑する。
そうやって生きてきた。
裕福というわけではない。
でも、それなりに自由に暮らすことができている。
周りの助けがあってこそ…それを実感している。
だからなのかもしれない。
目の前の出来事を、どうしても言葉に置き換えようとしてしまう。
転院を断られたという報告をする院長に患者家族が詰め寄る。
そこへ妖怪が余計な一言を投げ込んだ。
「千円をケチったがために転院がなくなっただけだ」
たった一言だった。
刃物を振り回したわけでもない。
誰かを殴ったわけでもない。
それでも空気が変わった。
言葉は不思議だ。
人を救うこともあれば、壊すこともある。
同じ言葉でも、向ける相手や場所が違えば意味まで変わってしまう。
ざわり。
黒い霧が揺れた。
まるで何かに呼応するみたいに。
最初は悪意だと思った。
でも違う気がする。
黒い霧は怒りや不安に反応しているように見えた。
人が抱える感情そのものを喰っているように。
自分の正しさを信じることも同じだ。
認めてほしいと思うことだって誰にでもある。
問題は、それらがぶつかることなのかもしれない。
噛み合わなくなった感情。
行き場を失った思い。
互いに譲れない理由。
そういうものが積み重なった時、人は簡単に誰かを傷つける。
そして…
黒い影は、そんな隙間から生まれているように見えた。
不満…怒り…そんな火に油を注ぐように柴山は「自業自得なんだよ」と高笑いをする。
その一言に、醜悪な貌に、ゆらりと湯気が湧き立った。
それは熱気のようにもみえる。
違うのは白い湯気ではなく、黒い靄のような湯気。
ざわりと肌が粟立った。
ぞくりと背筋を何かが撫でた。
黒い霧が揺れる。
怒り。
不安。
焦り。
正しさ。
ぶつかり合った感情が、行き場を失い、滲み出している。
黒い霧が揺れた。
そんなふうに見えた。
まるで、誰かの感情へ呼応するみたいに。
次の瞬間。
誰かの手が、妖怪じみた老人の頭を押さえつけた。
それが引き金になる。
暴力が許可されてしまう。
(動け…)
背中へ突き刺さる視線。
少年が分けてくれた勇気が揺らぐ。
右手のバングルに視線を落とす。
誤魔化すのは止めだ。
紘一は駆けだした。
「大丈夫かな? 天音」
「心配するの?」
「え?」
「無駄だと思うぞ」
龍騎が口を挟む。
それに合わせるように天音がうんうんと頷いた。
「何かが起きている。それだけが事実だ」
「えっ」
「心配したところで勝手に行くしね」
「えっ」
「ほら、飛び込んだ」
天音が呆れたように言う。
「ええ~」
志乃は慌てて駆けだした。
ほぼ一瞬で終わる。
たぶん、小龍が頑張る。
黒い靄を喰って。
限界まで抱え込んで。
そして…最後は、紘一のところへ戻る。
毒みたいに溜め込んだそれを流し込まれれば、今度は紘一が苦しむ。
いつもの流れだ。
だから放っておけない。
なんだ…何かがおかしい…
駆け寄りながら紘一は黒い霧を見つめた。
悪意なのか?
でも違う気がする。
大きな揺らぎの中に確かに幾つかの黒い影を感じる。
でもそれだけではない。
何かがおかしい。
水たまりに波紋が幾つも生まれるように、違う意思が混ざり合っている。
誰かが投げ込んだ言葉をきっかけに放たれた感情が幾つも生まれていた。
普段ならどうということのない話でも、嘘が混ざれば感情は簡単に揺れる。
その嘘が次の嘘を呼ぶ。
そして…怒りが怒りを呼ぶ。
そうして…黒いものは周りの意思をも飲み込んで膨らんでいく。
揺らめき立つ黒い湯気を見ているとそんな気がしてしまう。
それは連鎖する過剰反応。
誰かの意思に巻き込まれてその思いは黒い靄となってこぼれていた。
人の数だけ…様々な思惑が広がっていくのかもしれない。
それが正解なら…慌てる必要がある。
紘一は手を伸ばすようにして、その湯気に右手首だけを触れさせた。
その刹那、小龍は手首を離れその湯気の中へと泳いでいく。
紘一はそのまま、壁際へと手をつくようにして辿り着く。
「お疲れさま」
志乃は紘一の肩をポンと叩き声をかけた。
「いや、これから」
そういう紘一は寂しそうに見えた。
騒ぎを重く見たのか、院長は警備員に声をかけて柴山を引きずり出させた。
集団の中心から人を引っ張り出すのは簡単ではない。
布の悲鳴が何度もあがった。
怒声や罵声も上がる。
その周囲を小龍が泳ぐように飛んでいる。
服のいたるところが破けていた。
髪を乱しながら…ほぼ落ち武者…警備員に羽交い絞めされる格好で勝手口へと。
それにしても…言うだけ言って引っ込んでいく。
いや、強制退場させられていく。
責任を取るでもなく。
説明をするでもなく。
ただ厭らしい感情だけを残して。
本当に妖怪のようだ。
同じにされるのも困るかもしれないが…
ぬらりひょんのようだ。
気付けばいる。
気付けば騒ぎの中心にいる。
お山の大将を気どり、そして、面倒事だけ残して消える。
たったそれだけだ。
ホント、見るたびに妖怪染みていく。
結局、妖怪に見える人は妖怪になっていくのかもしれない。そんなことを思ってしまう。
きっと、妖怪そのものが悪いわけではない。
それなのに悪い印象しかないのは…醜悪な人の行動のせいなのかもしれない。
そう思うだけでやるせないものが込み上げてくる。
助ける必要はあるのかな?とさえ思ってしまう。
でも、紘一が人だかりの輪に入っていく。
手首にはお洒落に龍のバングルをして。
助けるのが正解だよね…
自分がその中に行けないから…
ありがとうだよね…
志乃は動き出した紘一の肩に向かって手を伸ばした。
触れそうなところで手を止めた。
黒い影を漂わせているのは一人だった。
あのセダンと同じ。
周りをぼやけさせる様に黒い靄をこぼしていた。
怒りの矛先が院長に向きだすとピリピリとしていた空気も収まっていく。
人混みの中に割り込み、その黒い存在に触れる。
指先が黒い影に触れると、ぞくり、と背筋が震えた。
「うわっ……」
思わず声が漏れる。
いままでのものとは違う黒く淀んだものが流れ込んでくるのを…
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
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アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
今回、チャレンジ企画に挑戦!です
よろしければお付き合い願えればと思います
未完投稿となっているので、最終話まで急ぎ掲載していきます




