第32話 想いを力にするための覚悟は… どこに必要ですか?
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・医療機関・地名・制度・報道内容・感染症等はすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、作中に描かれる医療対応・行政措置・報道表現等は物語上の演出を含み、実際の法令・運用・対応手順とは異なる場合があります。
「澪、大丈夫かな?」
スマホを確認して志乃が呟いた。
メッセージを送ったのは、紘一の知る限り一度だけ。
警察から解放され、車に乗ってすぐだったはずだ。
何気ない会話を交わしながらも澪のことを気にかけていた。
怪異に鉢合わせれば心配するなとも言えない。
それも同じ通路上で2件も起きれば…気が気でなくなる。
先行したといっても、駐車場から車を出すわずかな時間だけ。
2~3台先に見えていた車両が不意に見えなくなる。
気にしていなかっただけに、何処で見落としたのか解からない。
何処かのSAに寄っているときに離されたのか…
それとも、逆なのかもわからない。
連絡がつきやすいからこそ、連絡が無い事に焦ってしまうのも解る。
便利さが、心の不安定を創り出すのは…何とも寂しいものだ。
それにしても…何だったんだろう。
龍騎は、何かを考えるようにして話してこない。
そもそも、神力は何を示すものなんだろう。
見えないものだからと否定から入る気は無い。
そこにあるかもしれない力に戸惑って、知ろうとしないのが最悪だった。
とはいえ…受け止め切れていないのも事実だ。
間違いなく巻き込まれている。
巻き込まれていない。
そう言えれば楽なのだろうが、口にすれば嘘でしかない。
それに、虚勢を張ろうとも、怖いものは怖いものに過ぎない。
だいぶ慣れたとはいえ、ぬいぐるみに語り掛けている自分を受け入れ切れていない。
志乃は溜息を吐いた。
吐くつもりがなかっただけに緊張してしまう。
隣に誰かいても考え事をしてしまうのは悪い癖だ。
何度か、付き合った人に言われたこともある。
直そうとした。
でもそれが空回りしてしまう。
自分が考え込んでいないときは、逆に相手の視線が気になってしまう。
自分と同じように、別のことを考えているんじゃない…そんな風に口にするときはましだ。
自分が相手を見ているときには、同じように自分を見ていてほしい。
どちらかが相手に指摘するのではなく、自然にそうあってほしいと思う。
ホント、面倒くさい性格だとは、自分でも思う。
それに気付いて、天音が志乃の太ももをトントンと叩く。
「天音ちゃん…ありがとう」
「連絡ないのは元気な証拠だよ」
何の根拠も裏付けもない言葉は軽い。
それでも天音は言わずにいられなかった。
証拠なんかいらないから、元気な声を聞かせてほしい。
「それはそうなんだけどね」
「えっ…」
「ごめん、昇華を使ったあとはしばらく繋がったままになる」
「初耳」
「うん、言って無いもん」
タヌキは悪びれた様子もなく微笑んだ。
「気になるのは…さっきの車の件があるから?」
天音は、志乃の膝の上に座って顔を見上げた。
「…それも読み取って?」
「……まさか。駄々洩れっていうんでしょ?」
天音はクスクスと肩を揺らして笑った。
神力を吞み込んだ暴走があった。
あの後、龍騎が簡単に説明をしていた。
紘一は「そうなんだ」と気の無い返事をしていた。
実質は、疲れ果てていたのだと思う。
最初の女性のとき、紘一は神力が引き起こした熱に苦しんでいた。
何の説明もなく志乃に祓いをさせることになった。
伝えておくべきことは沢山あるのに時間がない。
せめて、ひとつでも処理の仕方を覚えてから…そう思ったのに。
次も起きた。
そちらの方は、恐れている方だ。
あの暴走が繰り返されたら…対応はできなくなる。
暴走が暴走を生み出せば、切り捨てなければいけないときも必ず来る。
龍騎は、紘一は、それをできると思っている。
でも、そのライン引きは何処までも危ういはずだ。
手が届くかもしれない。
そう思ってしまったら、後先を考えないのだろう。
セダンの暴走に対処したように。
あの瞬間、龍騎が言うのがもう数行遅かったら出口を通過しただろうか。
そのとき志乃は罪悪感を抱かな方だろうか。
その答えは出ない。
人は思いのよらない行動に出ることも珍しくない。
『駄目!』で止まらないとき…最悪の結果を見ることになっても…
仕方がない。と切り替える自信は天音には無かった。
たぶん…きちんと説明しなかった…できなかった龍騎にも。
そして二つ目の事故…運転手は亡くなっていた。
まだ若い感じがしていた。
助手席に座っていた女性もフロントガラスにぶつかっていた。
後ろに座っていた女性が神力を取り込んでいた。
微かに息はあったが…どうだったのだろう。
龍は確かに黒い靄を食べきった。
それを志乃は浄化…昇華させた。
それができたのは、欲求に引き寄せられた神力が少なかったからだ。
暴走した欲、その正体を知ることはできない。
溢れだした欲は、周囲の人の欲も引っ張る。
その溢れた靄を龍は食べた。
ただの霞のようなものだった。
だから紘一にも志乃にも処理することができた。
あと数十分遅かったら祓うことも昇華することもできなかったかもしれない。
「ホント無茶するんだから」
志乃が神通力を正しく使えるのなら、いまの天音の思念は伝わっているのだろう。
でも、それも…
いまは一歩通行で流れてくるだけだ。
「天音ちゃん」
「ん?」
「何かあったとき、近くにいれたら…」
その思いに天音は首を静かに振った。
上半身が捻じれるのが考え物だが…
近くにいたところで何かができるわけではないことは分かっている。
でも何かあったら、近くだからこそ、手助けくらいはできるかもしれない。
そんなことを考えてしまう。
メッセージアプリもうんともすんとも言わない。
志乃のスマホが震えた。
母親からだった。
嫌な予感しかしない。
「もしもし?」
その瞬間、志乃の表情が強張る。
紘一は黙ってラジオの音を絞った。
話を聞くつもりもない。
でも、空気が変わったことで気付くこともある。
大阪で、始まった何かは、紘一たちが思うよりも深刻なのだろう。
帰宅時間帯にも重なったのか車は長い渋滞にはまった。
志乃は疲れが溜まっていたかのようにいつの間にか眠りについていた。
疲れない方が異常だろう、と紘一は苦笑を浮かべた。
たぶん自分の何倍も体力的に気力的にも疲れているはずだ。
「なぁ紘一」
龍騎がコンソールの上に座りなおしながら声をかけてきた。
なにわ生協総合医療病院についたのは20時を回っていた。
病院の駐車場待ちの車両で道路は渋滞している。
紘一は、志乃に母親との合流を促し、駐車場待ちの列に並んだ。
その横を抜けるようにして救急車が入っていく。
転送先の病院が見つかった順に随時転送をしていく。
時間が経つほどに転院先はなくなっていく。
どの病院も入院患者を優先したいのは変わらない。
立場が逆なら、ここも同じように断るだろう。
その患者がウィルスを持ってこない保証などどこにもないのだから。
(なにわ生協総合医療病院…か)
紘一は、病院の外観を見上げながら小さく息を吐いた。
いまでは地域でそれなりに大きな総合病院として知られている。
だが、その始まりは大層なものじゃない。
紘一は、ぼんやりと病院の灯りを見上げた。
生協病院。
その始まりは、利益を出すための病院でもなく、地域に根差した診療所だった。
そもそも、生協そのものが『互いに金を出し合って生活を守る』という考えから始まっている。
学生生協や生活協同組合などもその流れだ。
その始まりは、戦後。
まともに医者へ掛かれない時代があった。
薬代が払えない。
病院まで行く交通費がない。
工場労働者や日雇い労働者たちは、身体を壊しても休めない。
そんな中でひとつの考えが起きる。
遠くて、大きくて、使えないのなら…
自分たちで支えあう方法を考えようと。
思想的なもの…共産主義的な考えなのかもしれない。
それでも必要だった。
自分たちを守るために。
そんな人たちが、少しずつ金を出し合った。
それを出資金という。
一口…いくらか始まったのだろう。
決して大金じゃない。
だからこそ多くの人が集まる必要があった。
それでも人数が集まれば薬が買えた。
医者を雇うこともできた。
医者の中にはその趣旨に賛同してくれる人も…
それが生協診療所の始まりだったはずだ。
いわゆる組合員が出資し、運営を支える。
患者である前に、地域の一員として病院を作る。
だから普通の民間病院とは空気が違う。
利益だけでは切れない。
赤字でも切り捨てられない部門がある。
訪問診療。
リハビリ。
高齢者支援。
生活困窮者への相談。
儲からなくても必要だから続ける。
そういう思想が根底に生まれた。
でも、そこに小さな黒い影は撒かれる。
たった一欠けらの悪意かもしれない。
元々は大阪市内に点在していた小さなコープ診療所だった。
老朽化に建て替えを必要とする病院も加わった。
地域の反対も正直起きる。
別の経営母体がくっつけばそこに利権は絡みつく。
儲けるためのシステムとして誰かは画策する。
それでも、多くの善意がそれを隠す。
地域に根差し必死に医療に取り組んでいようとも法律がそれを許さないこともある。
災害が起き、建物に求められる基準は変わる。
それに対応する工事をするにも掛かる費用。
幸いなことに病院は一等地に建っていた。
売却益を使い、土地の安いところに移動する。
そうすることで、老朽化した建物を建て替え、医療機器も変える。
救急を受けるにも設備が足りない。
入院設備も少ない。
看護師も医師も分散して疲弊していた。
それも統合することで解消できる。
一方の良さは他方の悪さになる。
その歪みを隠そうとしても、結局どこかから漏れ出す。
反対は起こり、内部分裂も起きる。
声の大きな者が闊歩し、小さな者は去っていく。
それを先導したヤツがいる。
それでも、複数の診療所を一つへ集約することには意味があった。
地域医療を維持するために…その大義名分がそこに存在した。
救急車の赤色灯が、病院の外壁を断続的に染めていく。
搬入口の方では、防護服姿のスタッフたちが慌ただしく動き回っていた。
その光景を眺めながら、紘一は小さく息を吐く。
善意だけでは回らない。
だからこそ、こういう場所には、必ず誰かの欲も混ざる。
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
今回、チャレンジ企画に挑戦!です
よろしければお付き合い願えればと思います
未完投稿となっているので、最終話まで急ぎ掲載していきます




