第25話 どんなに考えても、僕は無関係ですよね?
タヌキの腕が左へと流れた。
次の瞬間、紘一の横にいた存在が消えた。
どいつもこいつも、わかりやすい存在だな、と紘一は悪態をつきたくなる。
竹生島オールスターズが強制参加してきている気がしてきた。
順路を逆巡りすると神様が関与してくるのか?
と聞きたくなるが、玄李と同じで自分勝手な都合をお願いとしてきそうだ。
困り顔をしながら石段を上がってくる志乃を眺めながら紘一はもう一つのタヌキを出した。
その中に数珠の玉を幾つか入れ込んだ。
赤いリボンがあったので顎下から頭の方へ巻いて蝶々結びをしてみた。
「かわいいですね」
「不思議ちゃんと見分けがつかないからね」
紘一は苦笑をしてみせた。
「そうですね。あ、天音ちゃんっていいます」
「そうなんだ。よろしくね。天音さん」
紘一は、タヌキの頭をなでると立ち上がった。
順路を逆に歩いているせいか、人の流れが妙に遠く感じる。
社務所の方から吹き抜ける風だけが、汗ばんだ首筋を撫でていった。
吹き抜ける風の音だけが、湖の匂いを運んでくる。
志乃は胸ポケットにタヌキのぬいぐるみを入れ直した。
丸い腹。
愛嬌しかない顔。
なのに、ときどき本当に呼吸している気がする。
「…慣れない」
「慣れられても困る」
小さく返ってきた声に、志乃は肩を震わせた。
紘一はそんな志乃を横目で見ながら、観音堂の中へ視線を向ける。
千手千眼観世音菩薩の前に立つ。
数十分前に来ていた男が真剣な眼差しで観音像を見ている空気に僧侶は近付いてきた。
特に声をかけるわけでもない。
ただまっすぐに観音菩薩を見つめている男を眺めている。
西国三十三所巡礼は、観音信仰の霊場を巡りながら近畿一円を旅する。
日本最古とも言われる巡礼路だ。
山寺、湖畔、海辺…土地毎に異なる空気を感じながら歩く。
その道程は、単なる参拝ではなく『祈りと旅』が重なり合うのかもしれない。
ただ、どのタイプの巡礼にしても元は修験なのかもしれない。
御朱印集めが流行り、紀行そのものに重きを置く人も増えているが…
寺社仏閣の前ではひととき、歴史と創建の意味に触れてみるのも悪くない。
竹生島もまた第三十番札所宝厳寺を抱く特別の場所。
湖を渡って、辿り着くその距離感と行程は特別なものになっている。
弁財天がこの地に鎮座していることも特別なのかもしれない。
そういう意味も併せて、古くから俗世を離れた聖域として人を惹きつけてきている。
とでも結ぶのが綺麗なのかもしれない。
『まぁ、そう現実逃避をする時点でどうかと思うぞ』
「あ、やっぱり来るわけだ」
『まぁ、俺にも責任の一端があるから』
観音像の前の空間が揺れる。
透明な何かがそこにいる。
紘一に声をかけようとした僧侶が固まった。
一人の男が立っていた。いや、現れた。
黒を基調とした洋装。
細身のシャツに、身体の線を拾いすぎない黒いジーンズ?
黒のスニーカーと黒尽くし。
その上から白い着物のような羽織を無造作に重ねている。
和装とも洋装とも言い切れない独特なファッション。
俗世間に塗れた空気感なのに不思議とその場の空気に溶け込んでいた。
背筋は真っ直ぐに伸び、立っているだけで空気が張っていく。
切れ長の瞳は鋭い。
けれど睨みつけるような威圧ではなく、相手を見抜く静かな強さを宿していた。
鼻筋の通った端正な顔立ち。
長めの黒髪が肩口で揺れるたび、どこか中性的な色気が滲む。
凛々しい。
その一言が一番近い。
男なのに、美しいという表現が自然に浮かぶ。
そして何よりも……
観音像の前に立っているのに、違和感がない。
まるで昔からそこにいた守護者みたいだった。
「知り合い?」
志乃がポツリと呟いた。
「…見えるのね」
「見えないの?」
そういえば他所を見ているような眼差しだった。
「ちょっとごめんね」
志乃の胸ポケットから「んしょ」っと声を漏らしながらタヌキは出た。
じっと男を見て、紘一の方に飛び乗った。
腰に手をつき、怒っているんだぞ!というポーズをとる。
それに反応するように男は笑った。
「困るよな…そんなぬいぐるみに入れられたら」
男は苦笑しながら、肩を震わせて言う。
「えっと、彼もつれて行くんだけど…依り代になるものはあります?」
天音が耳元で囁いた。
空気が揺れるわけではないのに何となく耳がくすぐったく感じてしまう。
「ん? 俺にも声が聞こえるんだ」
「依り代を使えば」
「ご都合主義?」
「振動が伝わるものだけですけど」
天音は苦笑する。緊張感のないこの男に。
「お揃いでよかったら、準備しているよ」
「じゃあ、強制的に」
「えっ?」
「そこにノールックで投げて」
「あ、はい」
紘一はジャケットのポケットに入れていたタヌキをポンと投げた。
山なりになりながらタヌキは男の立っているところに触れた。
その瞬間、天音は何かを唱えた。
「……なるほど」
低く澄んだ声だった。
「依り代を使ったか」
足元でタヌキが埃を払うように体をポンポンと払っていた。
「お揃いね」
「紘一に裏切られるとは」
「いや、裏切るも何も…って何で名前?」
「まぁ神様だし…巫女と違って」
「時間がないし、行きますよ龍騎様」
二人の会話を邪魔するように紘一の肩で天音は言い放つと志乃の手の上へとポンと飛び移った。
「仕方ないな」
龍騎は、タンと地面を蹴って紘一のカメラバックの上に座った。
「とりあえず、招福弁財天様へ向かってくれ」
タヌキなのに少し偉そうなのは変わらない。
志乃は笑いを堪えながら天音に尋ねた。
「どういうこと?」
「ん? じゃんけんみたいなもの」
「?」
「神様にも仏様にも格というものがあるから、本来は次元に干渉できないの」
「うん」
「でも、役割という点では、その能力に干渉できる事もあるということ…」
「ん~よくわからない」
「でしょうね」
天音は言葉を区切って少し考えた。
「無条件に干渉できると危険しかないから条件が定められているの」
「条件?」
「いまの場合は、この地から離れるための条件…巫女の許可よ」
天音はクスリと笑う。悪戯に勝ち誇った雰囲気が乗っている。
その話を聞きながら、紘一は龍騎を見た。
龍騎はその視線を無視しようと思ったが、ため息をつきその場に寝転んで語り始めた。
鎮座している仏神は本来自由にウロウロとする。
神無月に出雲に旅行するのがいい例だ。
でもそれを由としてしまうと護りという点が疎かになりかねない。
そこで設けられたのが制限だ。
約束事いう方が聞こえはいい。
鎮座する神仏が動くときには代わりを置くことにした。
それが依り代と呼ばれるものだ。
この依り代と神仏を結ぶのが巫女と呼ばれる存在。
簡単に言えば、巫女の協力なくして神仏は鎮座することも開放することもできない。
鎮座していない居候の神仏は依り代がなければその地を離れることもかなわない。
巫女の場合は魂…魂魄と呼ばれるものの魄が結ばれた存在がいて初めて動くことができる。
基本的に、離れることはないのだが…
神仏は巫女を殺すことはできない。
巫女は龍を殺すことができない。
龍は…言うまでもない、と龍騎は苦笑した。
逆は可能だ。
もちろん生命ではなく能力をという意味でだ。
そして、その地における結びを司る巫女は大切にされる。
ただ短命種である人であるがために代替わりを余儀なくされる。
もちろん全てに適応されるわけではない。
古種と称される神々は鎮座すらしていない。
結びのない存在としては、神仏の神力の宝玉から生まれた存在もいる。
ただ彼らは地に本体が縛られているがために依り代を介してしか地を離れることができない。
「その依り代がタヌキか」
紘一は苦笑した。
説明を聞きながら志乃が招財小判を変えているのを眺めていた。
「それはお前が…」
「もうひとつ言っておかなくてもいいのですか? 龍騎」
「あん?」
「一度依り代にしたものは、久遠的にそのままです」
「あ…」
「もしかしてお忘れですか?」
「いや。覚えているよ。覚えている。当たり前じゃないか」
「…どういうこと?」
紘一が天音に尋ねる。
「このぬいぐるみが無いと私たちは竹生島を離れることができないとううことです」
タヌキなのに、天音が笑ったように見えた。
「いまは入っているから無くならないけど…出てしまえば、何処かに行くかも?」
「そうですね。どうやら、質の良い宝珠を核にしていただいたようで」
「お土産で買っただけなんだけど」
「そうですね…直感で手にしたものが良いものだった、ということですね」
「なるほど…」
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
今回、チャレンジ企画に挑戦!です
よろしければお付き合い願えればと思います




