第18話 触れてみたら…意外にいいやつかもしれません!
人が近付く足音がする。
たぶん、志乃と一緒に渡ってきた人たちが流れてきているのだろう。
時々、逆回りをする人もいるが、多くの人は順路に従って行動する。
混乱を避ける人が多いのは国民性…ともいわれているが…
そんなことよりも志乃の肩が、小さく震えていた。
紘一の手から逃れるようにして、とすっと胸に頭を埋めた。
顔を伏せたまま、声を押し殺している。
怖さに震えている。
泣いている理由はわかる。
「大したことはできないが…」
黒龍が頭を掻きながら、周囲を気にするように『社に入らないか?』と手でしめす。
『ふざけるな』という顔で紘一が応戦する。
黒龍は、困ったなと笑みをこぼしながら中指を弾いた。
パチン!
乾いた音が響いた瞬間だった。
足元がふわりと浮く感じがした。
身体が落ちたわけではない。
なのに、一瞬だけ地面との距離感がなくなった。
反射的なのだろう。
紘一が志乃の身体を抱き寄せた。
自分から胸に飛び込んでいたとはいえ、抱きしめられるのは緊張する。
確か恋人はいないと言っていた。
そんなことを考えている場合ではないのに、それが頭に浮かんでしまう。
次の瞬間、広い空間の真ん中にいた。
そこが何処なのかはわからない。
ただ、妙に安心してしまう。
人の声が近付き、パンパン!と柏手が打たれる音が響いた。
音の方を見ると…男性が頭を下げている。
ただサイズ感が違う。
「宝くじが当たりますように」
そんな音が響く。
「それと、働かなくても食っていけますように」
「な、何?」
「あのおじさんの願い事みたいだね」
隣で紘一が苦笑をする。
「願いとは言わないがな」
黒龍は苦笑しながら円形の畳状の座布団…円座を板張りの床に置いた。
ここが何処かなど、訊くまでもないようだ。
ここは黒龍堂。
違うのは立ち位置というところだろう。
乱暴にとげとげしく願いを口にした男の後ろに鳥居と参道が見えた。
つまり、外に居たのが中に入った、ということだろう。
抵抗するだけ無駄な気がしてきた。
きっと、外から見れば、鳥居の奥にひっそり建つ小さな社にすぎない。
観光客なら立ち止まることも少ない、小さな社。
でも、中に入ってしまえば…本当にこうして作ってあるのかは訊きたくなるが…
高い天井。
太い梁が幾重にも組まれ、黒く艶を失った木が頭上を覆っている。
古びた木の香り。
漆黒の黒光りする梁に目を奪われる。
しっかりとした造りは平安の時代を思わせる。
湿り気を帯びた空気は、少し重く感じる。
床板は磨り減り、柱には長い年月を刻んだ傷が残っていた。
平安時代の貴族の邸宅で用いられた寝殿造を思わせる空間だった。
平安の世の貴族の屋敷がそれだと記憶している。
ただ見渡す限り、寝殿しかないようだが…
何となく黒龍を見る。
「まぁ言いたいことは解る」
ぱん!と柏手を打つと、外から入り込んでくる光が和らいだ。
すべての襖がトン!トン!と音を立てて閉まった。
そして外からの音が聞こえなくなった。
太い丸柱が何本も立ち並び、板張りの床が奥へと続いている。
壁らしい壁はなく、代わりに薄い御簾が垂れ下がっている。
その向こうに祭壇らしき影が見えた。
その暖簾の前にドカッと黒龍は座った。
いうなれば黒龍の屋敷というところなのだろう。
神社建築に詳しいわけではない。
それでも、ここがただの小堂ではないことだけはわかる。
古い。
それも、何百年という時間がそのまま閉じ込められているような古さだった。
紘一は息を呑む。
「少し見ても?」
「…全然物怖じしないよな」
黒龍はため息をつき、手をシッシッと振った。
紘一は、志乃の方へと視線を移した。
いろいろと考えたいことがある。
ここでは時間の流れはどうなのだろう。
ありがちに元の世界に戻れば時間は進んでいなかった、というおまけは…
たぶん無いだろう。
「あ、その女は置いといてやれ」
「?」
「もう少しかかるぞ」
「?」
「何ども説明するのは面倒だ」
紘一は、志乃を円座に座らせ暖簾へと近付いた。
空間の中央に四方を暖簾で囲まれた空間がある。
どうやら寝床のようだ。
そこにひとつの影が見える。
寝ているようだが…確かに気配を感じた。
この社には二柱が存在する。
普通に考えれば黒龍姫だろう。
中の様子が気にならない。といえば噓になるが秘め事に触れる気もない。
後ろ側に回ると階段…きざはしがあった。
天井の方へとまっすぐに伸びている。
つまりその先が…
ここが社の中であることを暗に示すものが並んでいる。
くるっと一周回り、紘一は障子のひとつを開けた。
そこを、人影が通り過ぎた。
小さな社の前で立ち止まり、軽く頭を下げて去っていく。
ただ何かに違和感を覚えた。
その人影は、妙に大きかった。
まるで子供が覗き込む模型の中に、自分たちが入り込んだみたいに。
紘一は息を止める。
自分たちの方が縮んでいる。
そう理解した瞬間、背筋が粟立った。
黒龍は、座したままできるストレッチをはじめていた。
「人目があると面倒だからな」
まるで当然のことのように言う。
「少しだけ、こちら側に寄せた。ということになるかな」
紘一は額を押さえた。
理解したくないことばかり増えていく。
人間諦めも肝心だ。
紘一はそう言い聞かせながら円座に座った。
志乃がそっと手を伸ばしてきた。
その手を握り返す。
それだけしかできない。
いまだ震えている女の子の手を振り払うすべは持ち合わせていない。
「さて…怖がらせたものから解決しておこうか」
黒龍は静かに話し始めた。
少し困った顔をしているのが印象的だが、何よりも整った顔つきがムカつく。
志乃は震えながらも黒龍の方を見た。
「それに…やっと諦めたかようだしな」
ため息が混ざる。
紘一は志乃を背に庇うようにしながら睨む。
「で?」
男は少しだけ目を細めた。
「わかっていると思うが、我は黒龍大神…そう呼ばれている」
その次の瞬間、暖簾が揺れ、パコン!と軽快な音が響いた。
黒龍が後頭部を抑えて蹲っているかと思うと紘一の胡坐を組んだ足の中へと木桶が落ちてきた。
「客人に何しているの?」
済んだ柔らかな声が響く。
「いや、威厳というものも必要だから」
「…あんた莫迦?」
「いやだって…」
「だって何?」
暖簾の中で影が動く。
黒龍が頭を抱える。
少しおびえる感じが、整った顔には似合わない。
まるで獰猛な犬が怒られるのを怖がって縮まっているようにも見えてしまう。
「申し訳ないね…こんなところまで引っ張られて」
その声は黒龍に向けられるものをよりも柔らかく暖かだ。
ただ力が感じられない。
連れ合いに問題が生じたのか?
紘一はじっと暖簾の奥へと視線をむけた。
「必要ないでしょ。玄李」
その一言で、黒龍の動きが止まった。
紘一も、志乃も無言になる。
暖簾の向こうの影が、ふわりと起き上がる。
「その名で呼ぶなっていつも……」
「黒龍なんて、そこら中にいるじゃない!」
あっさりと言い切って、影は小さく笑った。
「初めまして。あたしは珠姫」
御簾の向こうで黒い袖が揺れる。
「で、それが見栄っ張りの玄李」
「言い方!」
黒龍…玄李が本気で抗議した。
そのやり取りに、紘一はふっと肩の力を抜く。
神様というより、夫婦喧嘩を見せられている気分だった。
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
今回、チャレンジ企画に挑戦!です
よろしければお付き合い願えればと思います




