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すみません。僕は無関係のはずですが…強制参加はハラスメントです!  作者: 麒麟


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第15話 あなたは誰ですか?

紘一はしばらく、その場から動けなかった。

白い袖はもう見えない。

だが、視界の端に残った感覚だけが消えない。

その横で、若いカップルが笑い声を上げた。

かわらけが風に乗って、琵琶湖へ落ちていく。

その楽しそうな声に惹かれるように紘一はカメラを構えた。

その屈託のない笑顔は互いに向けるためだけのもの。

その輝きが収まっていく。

ついでにその賑わいを作り出しているほかの観光客も収めておく。

欲しいのは空気感だけ。顔を写さないように気を遣う。

最近は何でも権利だとうるさい。

その写真を使うかはわからなくても連絡先を聞いておく必要がある。

モデルを用意する方法もあるが、そこには一喜一憂するギャラリーの空気は生まれない。

その空気も彼の方のオーバーリアクションが盛り上げている。

彼女が外す。

彼は「下手だな」と見本を見せようとして失敗する。

うまく飛んで行ったところで鳥居に触れもしない。

そして…最後の一投に周りが固唾をのむ。

静寂が訪れ、波の音だけが静かに響く。

結果は…


その余韻のせいか、しばらく観光客たちがかわらけ投げを楽しんでいた。

小さな素焼きの皿を鳥居に向かって投げる。

割れずにくぐれば願いが叶う。

そんな説明を聞けば、誰だって一度は試したくなる。

投げられたかわらけが風に流され、白く弧を描いて湖へ落ちていく。

そのたびに、誰かが「あぁ」と笑い声を上げる。

紘一はその様子を眺めながら、読んだ資料の内容を思い返す。

竹生島の湖面には、白波が兎のように見えることがある。

能の『竹生島』だったか、何かの観光冊子だったか。

波の白い飛沫を、月から降りた兎に重ねていた。

風が立つたびに跳ねる白波が、湖の上を走っていく。

そんな意味だった気がする。

言われてみれば、いまの湖面もどこかそんなふうに見えた。

崖下の岩に砕けた波が、白い布の端みたいにふっと揺れる。

静かで、整っていて、風まで意味ありげに吹く。

神様がいると信じてしまいそうなほど、できすぎている。

紘一は苦笑した。

「…説教くさいな」

そう呟いてカメラを構える。

ファインダー越しの湖面には、白い波がひとつ跳ねた。

それが兎に見えたのか、白い別の何かに見えたのかは…

ただひとつ解っているのは、人が引いた竜神拝所は少し寂しい、ということだけ。

ここ竜神拝所は、よくある神社の境内の一角とは少し違っていた。

本殿の前、島そのものから湖へ張り出すように造られている。

まるで崖に無理やり舞台を差し込んだような造りだ。

清水寺の舞台を思わせる懸造り。

柱を何本も組んで、その上に床を張り出している。

景色を見せるための展望台かとも思ったが、違う。

案内板には『八大竜王拝所』とある。

つまりここは、景色を見る場所ではなく、湖そのものへ祈る場所だ。

水の上に浮かぶ島で、水を司る龍神を祀る。

そう考えれば、拝所が湖に向かって突き出しているのは当たり前なのかもしれない。

その先に、かわらけを投げる鳥居がある。

願い事を書いた土器を湖へ向かって放る。

届けば願いが叶う。

遊びみたいな顔で皆が笑っているが、もともとはもっと切実な場所だったのだろう。

湖の上に向かって願いを投げる。

そうしなければ届かない何か…それをそっと追いかけるための運試し。

願うだけでは、何事もかなわない。

行動した先にある結果は、成功でも失敗でも自分を高めてくれるものだ。

というわけで仕事のために記憶を手繰ることにする。

正直、ガイドブックを車に忘れてきた意味が解らない。

だから、紘一は漠然とだけ思い出していた。

能『竹生島』は、確かこんな話だった。

朝廷の使者が島へ向かう船に、翁と女が同乗する。

女は島に上がってはならないはずなのに、誰も止めない。

問われた翁は、弁才天を祀る島に女人禁制はないと笑った。

やがて二人は消え、後に女は弁才天、翁は龍神として姿を現す。

…そんな筋書きだった気がする。

古典なんて学生時代以来まともに読んでいない。

それでも、湖の真ん中でその話を思い出すのは、少しでき過ぎていた。

紘一は苦笑して視線を上げると、竜神拝所の方で、誰かが笑った。

白い服の女が、ちょうど振り返った気がした。

その奉納舞は、誰のためのものだったのか。

竜神拝所の板張りの床は、湖へ向かって静かに張り出している。

舞台というには狭い。

でも、琵琶湖そのものを客席に見立てるなら話は変わる。

能『竹生島』では、弁才天が舞い、龍神が宝珠を捧げる。

湖上の島にて老翁と女神現れ…

紘一は無意識に息を呑む。

白い服の女は、確かにそこにいた気がした。

いや…まて…紘一はクルリと回れ右を正しくして竜神拝所をあとにした。

白巳大神社で阿吽の蛇に手を合わせてから、一度戻ってくる。

きちんと挨拶とお礼をしてから先を急いだ。

急いでいるつもりなのに、招福弁財天の前で足を止める。

さっき見た白い影を振り払うように、半ば意識的に順路を追う。

招福弁財天の小さな祠には、思っていた姿とは違う弁財天が祀られていた。

八本腕でもなければ、武器を持っているわけでもない。

琵琶を抱えた、どちらかといえば穏やかな姿。

弁財天といえば、もっと仰々しい六臂や八臂の像を想像していた。

戦う神様というより、芸事の神様という印象が強い。

何よりもその顔は楽しそうにも見えた。

「……部署によって制服が違うみたいなもんか」

自分でも何を言っているのかわからず、小さく苦笑した。

立ち去ろうとして小判の説明書きを読んでしまう。

しっかりと小判を手に入れてさ長浜に帰ろうと決意をした。


軽く頭を下げて拝礼を終えるとふ~と息を抜いた。

叔母さんに頼まれての代理参拝。

この日しかないのだと頼み込まれた。

だから来た。

とは、いうものの正直、参拝をする気分ではない。

観光という気分でももちろんない。

でも、仕事できているのでそこは…

それにしても信じるというのは凄い力だと感心する。

自身が原因不明の体調不良に悩まされ入院を余儀なくされているのに。

しっかりと頼み込まれてしまった。

ただ…近くにいたところで面会できるとは限らなかった。

その日の体調で面会は決まってしまう。

病院からは明確な説明はないが、原因は院内にあるのだろう。

その明確な理由を見つけられないまま、ウイルス性の風邪症状とされている。

それなのに、入院。

隠したい事のひとつでもあるのでは…と勘ぐってしまう。

叔母さんがやつれていくのを間近で見ていたら余計に。

だからか、わずか3日前に会ったのに気が気でない。

もうずっと会えていない気がする。

スマホを取り出して画面を見る。

通知はない。

それが逆に不安を煽った。

熱が下がったから面会ができた。

でも、そのあとは…

それにもう一つ気になることがある。

朝から身体が妙に重い。

参道を歩きながら、無意識に首筋へ触れたら熱かった。

熱っぽさを感じている。

叔母さんが体調を崩し始めた時と同じ症状に思えてしまう。

怖い。

そんなことを考えながら、石段を下りていく。

鳥居のある社にも手を合わせていく。

竜神拝所へと視線を流した瞬間だった。

誰かがこちらを見ている気がした。

黒い服の男。

カメラを肩に掛けた中年が、ちょうど振り返る。

視線が順路を追っている。

けれど次の瞬間、その男は何かに怯えたように顔を逸らし、そのまま足早に去っていった。

はずなのに、その男のいた場所に黒い陰は揺らいでいる。

すっと手を上げ、男が言った方向を指さしている。

「……何?」

小さく呟く。

その声は、自分のものなのに少しだけ遠く聞こえた。

黒い陰が少しずつ何かの輪郭にかわっていく気がした。

中国かどこかの古い時代の服装に見えた。

ふっと口角を上げる姿にドキッとしてしまう。

韓国風イケメン?

そんな場違いな感想が浮かんだ瞬間…

その影は、笑みだけを残して消えた


お読みいただきありがとうございます。


基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。

ご意見、ご要望あればうれしいです。

アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。


今回、チャレンジ企画に挑戦!です

よろしければお付き合い願えればと思います

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