第92話 恋人にアルバムを見せることすら、忍びには叶わない
雫に見つめられて、口は勝手に動いた。
「い、いえ、隠そうとしていたわけではなく、危険が迫っておりました。からくり屋敷も同然ゆえに、気軽にお手を触れぬようにお願いします、毒薬が塗られていました、柱には! ……こちらの準備不足です」
「そっか」
雫の顔に表情らしい表情はなかった。笑顔でも、怒っている様子でもなく、平坦だった。
胸が狭まった。この方だけには伝えるべきかもしれない。しかし、それでは師父さまとの取り決めに反してしまう。
雫の目を見た。
「……里では、このようなことが頻発するかもしれません。困惑させてしまうことも、あるやもしれません……ですが、もし許されるのならば……」
雫は言った。
「なにも聞かないでほしい?」
リンは無言で頷いた。
雫は、微笑を浮かべた。仰向けのまま、こちらを見つめていた。
「わかった、そうする。その代わり、見せられるものは見せてね、全部」
「全部……ですか、ではよろしければ秘伝書などの読み聞かせを」
吹き出すように、雫は笑った。
「そういうんじゃなくてぇ、子供の頃のアルバムとか見たいな」
アルバム、写真、雫が見たいのは、そういうものか。
当然ながら、見せられる類いのものではない。
だが、それ以前に。
「そういったものは、残されておりません。忍びゆえ、記録には敏感なのです」
雫の笑みが、消えた。へなりと眉が萎れた。
「それは、嘘じゃなさそう。じゃあ練習着とかでいいよ」
「練習着ですか、その手の物品なら残されているかもしれませんが……なにゆえ」
「持ち帰る。代わりに、裸エプロンの写真とか残していこうねえ」
雫は真顔でそんなこと言った。
「あれだけは、ご勘弁を。里の者に見られてしまえば、正気ではいられなくなります」
「でも、なにかは残そうよ。アルバムがないなら、一緒に作りたい」
どくんっと胸が跳ねた。こんなこと、誰にも言われたことがない。
記録は消せと、そればかり。
「雫……」
見つめ合う。無言になる。心臓だけが、音を鳴らしている。
もう少し、顔を近づけてみようか。胸を重ねてもいいかもしれない、足を絡めてみても、多少重くても、きっと雫なら――「ヘイっ!」
ガララっと勢いよく襖が開いた。見ると、股を広げてアリスが立っていた。
「ウェルカムパーティーを開いてくれるそうです、お二人も早く――ア」
アリスの顔から、軽薄な笑顔が消えた。一瞬沈黙して、顔を逸らした。
「あ、あとで呼びに来ますね、お邪魔してごめんなさいっ」
「ま――」待てという暇もなく、アリスは走り去っていった。
悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。
『まひるぅ、二人はもう始めちゃってたですぅ』
『は? なんのことです』
『パーリィです……お邪魔しちゃいました』
『はぁ?』
声が聞こえなくなってから、雫に向き直った。
「や、奴らの存在を忘れていました……またおかしな誤解をされてしまったのかもしれません」
雫は笑顔に戻っていた。
「んふっ、誤解じゃないからいいんじゃない」
「しずっ――――んっ」
腕を伸ばしてきて、抱きしめられた。背中を引き寄せられて、胸が密着した。
雫の細腕に、すっぽりと収まってしまう。厚い布越しに、弾力と熱とが伝わってきた。
足音が戻ってくるまで、その体勢のままでいた。




