第91話 部屋は地雷原にも等しい
振り向いたリンは、襖の前で両腕を広げた。
「部屋を片付けて参ります、少々お待ちください」
「いいよ、気にしないから。はいガラガラー」
雫は脇の下に手を差し込んできて、襖を開けてしまった。そのままリンのガードをくぐり抜けて、部屋へと入ろうとしていた。
「お、お待ちください、いくら恋人といえここは元私室、その態度は横暴が――」
「でも、リンちゃんだって土足で人の部屋入ってきたじゃん」
「ぬぐっ」
足のバランスが崩れて、ややのけぞった。気にしていたのか、初めて襲撃から守った日のことを。
確かに入った、無断で入った、しかも窓から。
喉を鳴らしていると、雫がこちらを見上げてきた。両手で目を覆うような仕草をして、すぐに解いた。
「なんてね、どうしても嫌なら待つよ。でもぉ、わたしはそのまんまが見たいなぁ、ダメ?」
上目遣いの視線に見つめられる。目を合わせるだけで、頭の輪郭が溶けていく。
なにか甘ったるい物が染み出してくる、脳幹から。
「い……いえ、特別、物も多くないですし……どうしてもというのなら、雫にだけは……許可を……」
「わーい、やった」
襖を引いて、今度こそ雫は部屋に踏み込んだ。
大丈夫、写真などは飾っていない、即座に露呈はしない。少々、男臭いだけだ。
背中を追って、その和室へと入った。雫は足を止めて、部屋を見回していた。
雫の視線を追いかける。部屋の中央に置かれた背の低い文机、硯、使い古された筆、まっさらな和紙の束、おかしなものはなにもない。
床の間を見る。鯉の描かれた掛け軸、刀、鎖鎌、クナイ、普通だ、こちらも平気。
雫は、部屋の隅に置かれたいくらかの瓶を指さした。
「あれなに? お酒?」
「毒草を調合した、特製ブレンドです。常人ならば指先に触れるだけで、死に至ります」
「へえ、パーティとかするとき注意だね、雫ちゃんは平気だけど」
「宴会はしないので……」
次に雫は、瓶とは反対側の隅に積まれている緑のスチールケースを見た。
「あれは? 爆弾?」
「弾薬、まきびし、及び煙玉などです。室内では火気厳禁でお願いします」
「じゃ、こっちは?」
雫は柱の根元を指さした。ピンク色のクレヨンで、人やら、文字やらが描かれていた。
「春の落書きです……こんなものまでそのままとは」
「わ、かわいー、あ、なんか書いてある」
たたっと足音を立てて、雫は柱へと近寄っていった。子供の身長くらいまでかがんで、絵と文字に顔を近づけた。
――文字だと。
リンの背筋が跳ねた。魔力を巡らせ、視力と集中力を高めた。落書きを読んだ。書かれていた。『春と兄さま』。クナイを手に出現させて、振りかぶった。
「雫っ、危ない!」
「え? ――きゃっ」
雫に飛びついて、痛くないように組み伏せた。
着物のせいで足がもつれて、自分も転んだ。が、クナイで落書きを切りつけた。横一線、兄さまと書かれた部分だけを削り取った。
「ふぅ、危ないところだった……ぁ、も、申し訳ありません」
雫に覆い被さるようになっていた。ミドルショートの黒髪が、畳に広がっていた。
「もう、抱きしめたいなら言ってくれればいいのに」
「次は……そうさせてもらいます」
両手で自分の頬を挟んで、雫はちょこちょこ頭を揺らした。
よかった、疑われていない。ふぅっとバレないように息を吐いた。
身体をどかそうとしたところで、雫は言った。
「でぇ、なにを隠そうとしたの?」
雫の目は、笑っていなかった。




