第87話 女性用の着物を着せてもらった
結局、雫を待たせて着替えることになった。
「是非こちらのお着物を」
使用人のはつさんに提案され、着付けをしてもらうことになった。齢70の老婆は手慣れたもので、淀みのない手際だった。
女性用の着物に慣れないのは、当然こちらのほうだった。
青楓と流水をあしらった着物と、かんざしなどを付けた自分は、一口に言えば華やいでいた。
姿見に映る頬が、ほんのりと赤くなっていた。化粧のせいかもしれない。
「こ、これなら無礼ではなさそうです、恩に着ます」
後ろに立つはつさんはにこにことしていた。
「少し見ないうちに、ずいぶんと麗しゅうなさって。わたくしめも喜ばしい限りです」
「このような奇天烈、未だ信じ難いものですが……そうおっしゃっていただけると、いくらか楽になります」
「こちらのほうがよっぽど……あら失礼、娘も孫娘も持てなかったものですから、どうにも気が昂ってしまいまして」
「いえ、かつては洒脱など意識もしていませんでしたから、当然のことです」
喉仏のない平らな喉、そこから出る声には雑味がない。
すらりとした首筋、着物の襟はその線をよりしなやかに見せているようにも思えた。
「お着物の感想はどうですか?」
もにょりと口が動いた。
「着付けの手間はありますが……見合うだけの価値があるかと」
「あらよかった。お顔だけではなく、中身の方も丸くなられたようで」
「忍びであるがゆえ、手放しには喜べません……」
「かわいさも武器ではありませんか」
「それは……最近多少意識を……い、いえ、なんでも……なんでもありません……」
鏡に映る顔が、さらに赤くなっていた。いちご大福みたいだ、まるで。
はつさんはくすりと笑った。
「それにしても、まさかお相手までお連れになるとは思いもしませんでした。あんなにかわいらしいお嬢さんだなんて、うふふ」
「は、はつさん、その件なのですが、一つお願いが……う」
ぱちんっと肩を叩かれた。
「ご心配なさらずとも結構です。わたくしを侮ってくださいますな。もし関係を嘲笑う男などがいるものならば、この手でモノを切り落としてくれましょう。たとえ里長様でも、容赦はいたしません」
「感謝いたす……で、ではなく、お願いというのは身体のことでありまして、過去については内密にしていただきたく存じます。里の者にも伝わっておらぬようではありますが、ひとまずは口外を避けてもらえたら幸いです」
忍びならば口は堅い。だが、知らぬのは危うい。あの愚か者のように、ぽろりと雫の前で余計なことを言うかもしれない。早急に対処せねばならない。
あえて伝えてしまうのも一つの手ではあるが。
はつさんが、口を押さえた。
「あら、そういえば」
「どうかしましたか?」
「里長様が、その件についてリン様に伝えたいことがあるとおっしゃられていました。なんでも、将来に関わる話だ、とか」
思わず、振り向いた。はつさんは詳しい内容までは知らないようだった。
胃がキリキリと鳴いた。
嫌な予感が、する。




