第85話 口の軽い男は黙らせる他にない
山間部を進み、乗り継ぎ三台目の車両は里へと辿り着いた。
先頭で車を降りると、四方を山に囲まれた景色が目に飛び込んできた。所々に藁葺き屋根の見える集落、人よりも田んぼの枚数の方が多いかもしれないその場所。変わらぬ土地、変わらぬ故郷。
「どうぞ、足元が不安定なのでご注意を」
手を引いて、雫をバンから下ろした。
「うん、ありがと……わぁ、ジブリみたい」
目を輝かせて、雫は広く視線を動かしていた。大きく息を吸って、深く吐き出すようなこともしていた。
「ジブ……存じませぬが、お気に召していただけたのならなによりです」
「え?」
雫の視線がリンに固定された。三秒くらいそのままでいて「まいっか、リンちゃんだし」とつぶやいた。
リンが首を捻っていると、アリスとまひるもバンから降りてきた。
「うわぁ、リンさんのふるさと、本当に来ちゃった」
「あはっ、どの電柱にもアドレスが書かれてないなんて、所在地隠蔽徹底してますデスね」
アリスは農道の端に立った電柱を凝視していた。
キョロキョロするその金髪をリンは睨んだ。
「あまり詮索するな。目付に拷問を受けさせられるぞ」
「アンビリーバボー、魔法少女に人権がないとおっしゃっていたのは、実体験だったのですね」
なんの話だと一瞬考えた。そういえば、まひるにそのような脅迫をした記憶がある。
「普通にしていればなにもされん、普通にしていればな。里は厳しい掟によって統制されている、車内で話したとおりだ。悪意を持たず、疑いを作らず、疑念を持ち込まずの三原則を基本として――」
ぶろろろ、とエンジンの音が聞こえてきた。見れば農道の奥から一台の軽トラックが接近していた。
リンは両手を広げた。
「脇に寄ってください。ご不便をおかけしますが、里の道は狭いので」
すぐに軽トラは近くまでやってきて、目の前を通過していった。
「むっ」
リンの背中がピクッと跳ねた。運転席に座る浅黒い肌の男に、見覚えがあった。同期の顔なじみだった。
まだ生きていたのか、あいつめ。いや、気にするな、里への来訪者は周知されているはず。きっとこの身体のことも、伝えられているに違いない。
「忍者さんの軽トラ普通なんですね、銃座とかも付いてないんだ」
まひるがそんなことをつぶやいている間に、軽トラは通り過ぎていった。
息を吐く。雫に向き直る。
「それでは宿舎にご案内しましょう。師父様もお待ちです」
「ねえリンちゃん、あれ」
雫は、軽トラが去った方向を見つめていた。そちらを向くと、なぜか車は停車していた。
カチカチとハザードランプを点滅させる車から、男が降りてきた。
がに股がうるさい甚平姿の男は、笑顔を浮かべながら近づいてきた。
「おー、おー、春ちゃん、最近見ねえと思ったらひっさしぶりぃ、長期任務?」
後ろにいた春が一歩前に出た。
「おひさーです、集〈しゅう〉さん。ま、そんな感じで、夏なので帰省みたいなやつです」
「へえ、あーそっかぁ、なんか来るって言ってたなあ。あれ?」
男――集はなにかを探すように顔を振った。一瞬目が合って、リンは顔を逸らした。
「堅物兄貴は一緒じゃねえの? 珍し」
ピリッと首筋に電流が走った。動作の重くなった頭を動かして、集を見た。
背中が湿ってくる。血の巡りが早くなる。こいつを黙らせなければ、死ぬ。
春は言った。
「あはは、あー、うん、そんな感じー」
リンの耳元で、雫がささやいた。
「あれ? お兄さんもいるの?」
「いえ、あの男は頭がおかしいのです。諜報術の学びすぎで現実と妄想の区別がつかなくなったと里でも評判の異常者です、真に受けぬよう、お願いします」
「ふぅん……普通の人に見えるけどなあ」
「追い払ってきます」
集に近づいた。目の前に立って、その顔を見上げた。忍びのくせに、締まりのない表情をしていた。
殺気を放ってみても、変わらなかった。
「我ら、これより里長の元に参上するゆえ、足止めはご勘弁いただきとうございます」
集はわずかに目を見開いた。
「あれぇ、君さ、なんか」
こちらを吟味している。やめろ、言うな、控えろ、視線で圧力をかけても集の態度は変わらない。今にも愚かな口が開いてしまいそうだ。
黙らせるか、それしかない。リンは密かに手を引いた、拳を作って腹に狙いを定めた。
ふぬけた顔で、集は言った。
「すっげえかわいい、ね、うち来ない?」
固めた拳から力が抜けた――が、一撃を放った。
べちっと衝撃音が鳴り響いた。




