第84話 重いのは、もしかしたら雫だけではないのかもしれない
窓のないバンに乗り込んで里を目指した。大きく迂回して、到着までには二度の乗り換えを必要としていた。
一度の乗り換えを経て、現在は二台目。横向きの長椅子に座るリンは二人に挟まれていた。
「はい、あーん」
「あ、あ、こっちもどうぞ、一応手作りなんですこのクッキー」
左から差し出されるクッキーを指で摘まんで、右から伸びてきたキャラメルを口で受け取った。
正面に向き直ると、エセ外国人留学生がニタニタと笑みを浮かべていた。
「ベリィスイート、リンさんはいつも人気者でーす」
キャラメルを咀嚼する。クッキーを一口で食べきる。飲み込んでから、言った。
「……なぜ貴様らがいるのだ」
雫はいい、いて当然だ。だが密着してくるこのまひると、一人でくつろいでいるこのアリスの二人がなぜいる。
向かうのはどこだ、里だ、最重要機密だ。こいつらは元敵だ、それなのになぜだ。
左の拳を握りしめた。するとなぜかまひるは、その手を包むように触ってきた。
「あ、ごめんなさい……つい」
向くと、まひるは手を離した。キョロキョロと目を動かして、最終的には顔を逸らしてしまった。
「つい、とはなんだ、なんのつもりだ、説明しろ」
まひるに顔を近づけると、今度は雫に腕を抱かれた。
「わぁ、怒ってるといつものリンちゃんだぁ」
「ん……」
二の腕に頬をすり寄せられている。薄い布越しに、柔らかい感触が伝わってきた。
目のやり場がなくなった。言葉が出ない。少女はこういう時どうすればいいのか、わからない。
結局正面を見ると、アリスはまだ笑っていた。
「どうしてアングリーですか? 正式に協定を結びたいから里に招待したいと言ってくれたのは、そちらではないですか」
「それは、そうだ、そうなのだが……ぐぅ」
師父様の言い出したことだ。『彼奴らも連れてこい』その一言で無茶はまかり通ってしまう。忍びとして不満を抱くべきではない、ないが。
拳で太ももを叩いた。
「だからといってなぜ貴様らがいるっ」
「理屈ではないお怒りですね。理不尽デス」
「うるさい、雫だけでも気が重いのにどうして余計な――ぅ」
右から、視線を感じた。
見ると、笑顔の消えた雫がいた。
「重いの?」
「ち、違います、言葉の綾で――はっ」
左から、視線を感じた。
見ると、眉間をへなへなと歪めたまひるがいた。
「やっぱり邪魔なんですか、私。招待してくれて、嬉しかったのに」
目には光るものまで見えていた。籠絡しようとしているのか、こいつは。心理戦か、これは。
邪魔だ、と言おうとして、一度口を閉じた。そうではない、それは、かわいくない。
「それも、違って……違って……」
けれど、代わりの言葉が出てこない。
まひるの目元に涙が溜まって、ふるふると震えていた。
「リンさん……」
「リンちゃん」
首が左右を往復する。なにか言わなければ、なにか、気の利いた一言を。
思わず視線を向けたアリスは、無言で笑っていた。口は閉じっぱなしで、介入してくる気配はなかった。
雫に腕を抱かれている。まひるに袖を掴まれている。この状況で言うべきは、言うべきはっ。
「ほ、」
リンが口を開くと、左右の二人が同時に声を出した。
「「ほ?」」
間を開けずに言った。
「本音はですね、た、大切な人を同時に喜ばせるのは苦慮するのではないかと……そのようなことを……」
目を閉じた。息を吐いて、左右の二人に目配せした。
「某が、間違っていました。二人とも、いや、アリスも、里では、楽しい思い出を沢山作ろう、ね」
口角を上げた。作った笑顔を振りまいた。反応はなかった。エンジンの騒音だけがよく聞こえていた。
雫とまひるは、リンを間に置いたまま顔を見合わせていた。
「なんか、わざとらしくなかったですか、今の」
「最近そうなの。でも、悪気はないと思うから乗ってあげよ」
二人は同時に頷いた。
雫が見上げてきた。
「じゃ約束、いっぱい楽しませてね」
まひるが上目遣いで見てきた。
「思い出作り、期待してます」
「は、はは、もちろん」
顔に笑顔が張り付いた。初っぱなからこれとは、先が思いやられる。
肩の力が抜けた。それとほぼ同時に車内の案内ランプが点いた。
「乗り換えでーす。みなさん目隠しお願いします!」
助手席にいた春が、ニヤニヤしながら小窓から顔を出した。




