第83話 得体の知れない山里に一人娘を長期間滞在させるなど正気の沙汰ではない
煙を吐いてから、師父様は続けた。
『夏季休暇の間、あなたの安全のため、こちらに滞在されては如何か。ご意思を確認したい』
「へ?」
雫が首を傾げた。
リンは言った。
「それはすなわち、雫と共に里に参れ、とそのような話でしょうか?」
『如何にも。長期休暇で行動パターンが乱れれば余計に警備が難しくなることもあろう、悪い話ではなかろうて』
それは、そうかもしれない。学校のない空白の時間帯をどう守るか、課題ではある。里に匿えばその問題は解決する。雫も、安らいだ日々を送れるかもしれない。
悪い話ではない、悪い話では。
しかし。
雫が声を上げた。
「えー、ほんとですか? いいんですか?」
『はい、表向きはただのど田舎でありますゆえ』
「行きます、絶対行きます、もちろん行きます。リンちゃんの故郷、見なきゃ死ねない」
両手の拳を胸において、雫は楽しそうに身体を揺らしていた。
『ふふふ、そのように喜んで頂けると、こちらも嬉しい限りですな。では決定ということで』
「はい、是非っ」
にこにこ、にこにこと笑顔で、雫は大げさに頭を下げた。
リンは、雫の前で手のひらを広げた。
「お、お待ちを、雫も落ち着いてください。ご家族にも確認を取らなければ、あるいは家族旅行のご予定などもあるかもしれませぬし、そう安請け合いしないほうがよろしいのではないかと」
「えー、だいじょぶだよ、うちそういうのないし。最悪呼べばいいし」
「それはわかりました、ですが、落ち着いてください。落ち着いて、考えてください。得体の知れない山里に一人娘を長期間滞在させるなど正気の沙汰ではない、許可は下りるはずありません。師父様、申し訳ありませんがこのお話は――」
頭を垂れようとしたら、雫に押し戻された。
「それも平気だから。お母さんってばリンちゃんのこと世界一信用してるからね、たぶん」
「たぶんって……まさか……」
許可は出そうな気がする。なんとなくだが、確信してしまう。
師父様の重い声が、スピーカーから聞こえてきた。
『リンよ、聞くがいい』
「はっ」
『貴様は東山殿の意向に従え。詳細は追って連絡する、通信終わりっ』
ぷつんっと電断したように、映像が消えた。
「やった、やった、リンちゃんの故郷~。えへへ、楽しみだねえ、こんな早く叶っちゃうなんて思わなかった」
背中に汗が浮いてくる。雫ははしゃいでいるが、しかし、しかし、だ。
あそこは故郷なのだぞ、あそこで暮らしていたのだぞ。
男である自分が。




