第79話 最近のリンちゃんってなんなのさ【side 東山雫】
リンちゃんの歩き方には種類がある。ひとつはお家。比較的安全っぽい場所だと足音がする。最近では東山家も安全地帯になってるっぽい。
で、ふたつはそれ以外のほとんど。危険地帯。例えば今、百貨店の五階みたいな場所は結構危ない。まず音を一切立てないし、目つきも鋭くなる。お話ししてても、頭はずっとキョロキョロしている。人とすれ違うたびに、その背中を目で追いかける。過ぎ去ったと思えば、また次の人が来る。繰り返し。
たまに天井をじっと見つめていたりもする。まるで猫さんみたいに。
雫ちゃんとの距離は、ベッタベタだ。隣を歩いていても、隙間がない。もちろん手は繋がれていて、ちょこちょこ二の腕も擦れ合う。
お花摘み……まあ、おトイレに行っても、変わらない。ちゃんと中まで付いてくる。便器の中を見たり、タンクの裏を見たりする。
用を足すときは、背中を向けていてくれるけど。たまに二人で個室を出るところを目撃されて、通りすがりの人にびっくりされる。リンちゃんはそういう相手も睨み付けるから、余計に怪しい。
「ふぅ、百貨店のトイレはリスクの宝庫ですね。今後も慎重に利用しましょう」
よくわからないことを言うから、とりあえず「そうだね」とだけ返しておく。
リンちゃんだなあって思う。
そんなリンちゃんは、手を洗いながら鏡をじっと見つめている。刺客さんを探しているのかと思いきや、たぶん違う。だって前髪をいじったり、頬に付いたゴミを取ったりしてるから。
前は五秒くらいで終わらせていたのに、なんか最近は違う。
リンちゃんは変わったなって思う。
目つきは鋭いだけじゃなくなったし、口調もどことなく柔らかい。お洋服はかわいいし、がに股になったりはしなくなった。
トイレから出ていこうとするリンちゃんを、後ろから眺めた。すぐに気づいて、振り向いてくれた。
「どうしましたか? なにか変わったことでも?」
すぐには声が出なかった。リンちゃんは小首をかしげていた。
さらりとした前髪。汚れてないリンちゃん、綺麗なリンちゃん。でも、なにか違うリンちゃん。
「体調が悪いのですか? 脈を取らせてください、必要であれば直ちに救急班を手配します」
「あ、ううん、そうじゃないの。わたしは幸せ者だなあって思ってただけ」
力が抜けて、顔が緩んだ。リンちゃんは不思議なものを見るような顔をしていた。
ぬいぐるみの売り場に行っても、同じような感じだった。両手で抱きかかえるくらいの大きさがあるそれを持って、リンちゃんはじーっと見つめていた。
変だな変だなあって思う。だから聞いてみた。
「金属探知機とかX線検査とかしないの?」
リンちゃんは真顔だった。
「まさか陳列棚に置かれている商品に爆発物が仕掛けられていることもないでしょう。それよりも、偽装部屋用にもひとつ買っていきませんか。雫はどれがいいと思いますか?」
「まあ、そうだよねえ。でもなんだかなあ」
「雫?」
「ううん、やっぱりなんでもなーい。あ、おっきいのにしようよ、抱っこできるくらいのやつ」
「そうですね。かわいいのを選びましょう」
ぬいぐるみがたくさん並んだ棚に向けるその顔は、キラキラ輝いてるように見えた。
うん。リンちゃんはどんなリンちゃんでもリンちゃんだ。
ちょっと変でも側にいてくれるから。
今は、とりあえず。それで雫ちゃんは満足します。




