第78話 ショーウィンドウに映る自分を見ていた
リボン付きの白いブラウスと、紺のキュロットを着て街に出た。
ショーウィンドウに、雫と手を繋いだ自分が映っていた。背丈は周囲を歩く男性の肩ぐらいまでしかない。小さな身体から生える手足は、戦闘員のくせに肌が綺麗すぎる。
足を止めてガラスを眺めていると、手を引っ張られるような形になった。
腕を伸ばしきったところで止まって、雫は振り向いた。
「欲しいの?」
視線を、ガラスに映る自分から、その奥へと切り替えた。朱のビロードで彩られた展示スペース内には、高級ブランドの鞄が置かれていた。
「あ……いえ、違うものを……」
見ていました。と、言えなかった。
見て、いたのか、自分を。
急に視界がぶれて、腹の底が熱くなった。
「あ、あぅ、ではなくて、その」
「欲しいならプレゼントするよ。日頃のお礼。すぐには……無理だからちょっとバイトとかしないとだけど」
「ち、違います、そうではありません、金銭的には不自由しておりませんし、物質的にも充足した生活を送っています、鞄などは特に経費で落ちますので、必要ならば自分で購入します。お手を煩わせるわけには、いきません」
雫は胸の前で両手の拳を握って、深く頷いた。
「わかった、リンちゃんに内緒でバイトする。次の記念日、楽しみにしておいてね」
記念日。付き合い始めた日のことだろうか、出会いの日だろうか、そういうのもあるのか。
雫は、少し鼻息を荒くしている。口を結んだその顔は、やる気に満ち満ちていた。
「本当に違うのです。贈り物をいただけたらとても嬉しいのは否定しませんが、必要以上の負担をかけてしまうのは喜ばしいことではありません。欲しいのは、物ではなく証です、きっとそれこそがこの心を満たす……ではなくて、そのですね、その」
あたふたと手を振る自分がガラスに映り込んでいる。顔は半笑いで、締まりがない。横目で、ちらっとそれを見た。少女をしている、とても。
襟元の青いリボンが、差し色のように艶やかだった。
「その? なに? もう雫ちゃん見ちゃったから決定事項なんだけどぉ」
「ですから、違うものを見ていました。ブランド物には興味はありません。興味があるのは」
「あるのは?」
自分、それは隠せない、否定できない。けれど他にもある、もうひとつある。
「雫です。前を行く雫を見ていました。このようなビルばかりの無機質な場所にいると、余計に際立って見えるな、と」
風通しのいい青いカーディガンが涼しげな、今日の雫だ。
雫はややのけぞったかと思うと、周りを見るように首を動かした。
行き交う人々、連なる高い建物、道路に車、青い空に白い雲。夏の正午は、日に当てられて賑わっている。それらを確かめるようにせわしなく目を動かして、一回りしてから、視線が戻ってきた。
「やっぱり裸エプロン欲しい……? それともリボンだけとか……」
今度はこちらが目を暴れさせそうになって、しかし雫から動かさないようにした。
「ぶ、ブランドの鞄よりは」
太陽がビルに隠れて、足元が影になった。雫の丸いほっぺたがやや赤くなった。
30センチくらいの距離で正対して、見つめ合った。人と車はどんどん流れていくのに、この場だけは静止していた。
雫は顎を指でかいた。
「ご奉仕、ほしい? どんなの? なんでもするよ」
「し、雫、控えてください、ここは街です。あまり浮ついていると、輩に目を付けられます、危険です。刺客の気配も、やはりいくらかあることですし、地に足の付いたデートをしましょう」
唇をすぼませて、ぼそぼそと雫は言った。
「自分から言ったんじゃん、もう。じゃあ、たまには刺客さん退治する? 久しぶりに」
「ここでは目立つので、普通にしましょう、普通に。きっと彼奴らも襲っては来ません。行きましょう、じっとしていると熱中症のリスクもあります。……御免」
いつの間にか離れていた雫の手を取った。いつも向こうがそうしてくるように、腕を絡めてみようかと思案した。したが、やめた。
夏の日差しは、暑すぎる。腕など組んでいたら、本当に熱中症で倒れてしまいそうだ。
「あ、じゃあ間を取って高級リボンにする?」
「色の話題からは離れてください、体温調整が難しくなります」
ショーウィンドウに別れを告げて、再び歩き始めた。




