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凄腕忍者、TS魔法少女にされる 〜護衛対象に溺愛されても、某は百合には落ちぬ〜  作者:
六章 乙女心や芽生えし夏の月

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第77話 久しぶりにキスをした

 差し込む太陽光が、天井のシーリングライトに影を作っていた。

 それを眺めていると、里の青空が脳裏に浮かんできた。畑と田んぼと山と、演習場しかないのどかな場所。ありふれた山村だ。


 目を上に向けたまま、リンは口を動かした。


「生まれ育ったのは、どこにでもある秘密組織の隠れ里でした」


 隣で雫がつぶやいた。


「常識からして違う」


 リンの肩が跳ねた。顔を下ろして、雫を見た。


「常識、ですか?」

「あ、ううん、なんでもないよ、続けて、続けて」

「はい、では改めて。と言っても、話すことは大して多くはありませんが」


 記憶をたどる。まるで外側から見ているように、忍び装束に身を包んだ子供の自分が思い浮かんだ。師父の住む藁葺き屋根の邸宅、忍び屋敷の庭で繰り返し腕を振っていた。


 まだ幼い、4歳か5歳ほどだ。猛暑日に、日課である手裏剣の素振り千回をこなしているところだった。


 見えたものを、そのまま雫に伝えた。


「鍛錬は精神を鍛えることから始まります。型を定着させることで、己が何者であるか身体に教え込むのです。自慢ではありませんが、目隠しをしていても、的の中央に命中させる自信があります」

「へぇ。その鍛錬ってリンちゃん一人だったの? 春ちゃんとか、他の子たちはいないの? あと、お父さんお母さんは?」


 左肩に体重が寄ってきた。雫の声には、どこか勢いがあった。


「単刀直入に言うと、両親の顔は知りません。里の子供は、早い段階で師父様やその他指導者の養子に入るのです」


 雫はやや下を向いて、伸ばした足を浮かせていた。


「そっかぁ、会ったこともないの?」

「はい。里に暮らしているのかも定かではありません。ただ、春と血縁関係にあることは事実です。理由は判然としませんが、兄妹は一緒に育てられるというしきたりがあるのです」

「過酷なんだね、忍者の世界って。あんまり想像できないなあ、わたしには。じゃあ、集められた子どもたちで生活的な、あれ、でも前に集団生活は経験ないって聞いたよね?」


 振り向いた雫と、目を合わせた。


「嘘ではありません。少子高齢化ですので」

「うっ、里の嫌な現実。でもゼロじゃないでしょ、友達とかいなかったの?」

「知人と呼べる仲の同年代は、一人か二人でしょうか。早い段階で選別され、用途を仕分けられますので」


 その数少ない顔見知りとも、もう顔見知りではないかもしれない。誰がこの姿を過去と結びつけるのか。そもそも奴らは生きているのだろうか。


 そんなことはどうでもいい。雫はなにを知りたいのか、なにを話せば喜ぶのか。

 それだ、今は。


「春が某と様子が違うのも、早いうちに戦闘員ではなくて、後方要員として見初められたからなのです。そうすれば訓練も多少は軟化しますので、精神的な余裕も生まれ、世俗を学ぶ時間が与えられます。姉としては嬉しい出来事でした、珍しく」


 笑顔を作ってみたが、雫はどうにも渋い顔をしている。


「忍者さんって潜入とかするのも任務だって調べたよ。街に溶け込むのも大事な素質だって、リンちゃんなんかちがくない?」

「痛いところを。いやしかし、忍びも現代では分業制ゆえ。ですから、今回の任務は無理難題だったのです。攻撃的な仕事ばかりだった人間が女子高生ですから、苦労もします」


 ようやく、雫は笑い声を漏らした。そよ風のような、小さな笑いを。


「だよねぇ。木になって『某は怪しいものではございませぬ、ご内密に』だもん。笑っちゃうよ、めっちゃくちゃかわいいし、世界が変になったのかと思った」


 顔の温度が上がった。ぴったり閉じた口を、もにょもにょと動かした。


「いえ、あれは雫が鋭すぎるんです。普通は見破れません、絶対に」

「えー、バレバレだったけどなぁ、うふふ」


 雫は、拳を作って口を押さえた。目を閉じて、嬉しそうに肩を揺らした。

 首から下げたネックレスが、キラキラと輝いていた。


「しかし、今では師父様の配置に感謝しています。幼少期には与えられなかったものを、今になって授けてもらっているような、そんな気がします」


 自分の鎖骨を触った。なぞるように、指をすべらせた。

 二往復、そんな動きをした。一旦閉じた口を、開いた。


「毎日、嬉しいことだらけです、雫といると。楽しくもない過去の記憶ですら、不思議と華やいで見えます。刃であるための鍛錬は、今日に結実しているのではないかと」


 笑顔をにじませて、雫はリンを見つめた。


「その詩的な言い回しも、リンちゃんっぽい。告白みたいで、ちょっとキュンってするし」

「みたい、ではありません。何度口にしても、いいものです」


 雫の目を見た。向こうも、こちらを見ていた。

 息を止めて、口を閉じた。


 身体が勝手に動いて、雫にキスをしていた。


 ほんの一秒だけ、唇が触れ合っていた。

 雫は指先で自分の唇を撫でて、何事もなかったかのように正面を向いた。「うーん」と声を出して、両手両足を伸ばした。


「話してくれてありがと。リンちゃんのふるさと、ちょっと、ううん、とっても興味出ちゃったかも」


 雫はまたこちらを向いた。


「いつか連れて行ってくれる? 行ってみたい」

「はい、喜んで。機会があればいつでも。許可は必要になりますが、即日取得して参りましょう」


 にししと笑って、雫は付け足した。


「実家に挨拶しないとだもんね」


 雫は破顔して、しばらく楽しそうにしていた。


 返事の代わりに首を振っていると、時計が目に入った。11時過ぎだった。

 おほん、と咳払いをした。


「さて、昼食はどうしましょうか。出前などを取るか、そ、それともせっかくエプロンがあるので料理をするとか……」


 唇の下に指を当てて、雫はゆらりゆらりと頭を振った。


「んー、どうしよ――あ、そういえば」


 パンっと雫は両手を叩いた。


「まだ春ちゃんへのプレゼント買いに行ってなかったよね」


 プレゼント、褒美のぬいぐるみか。それならば通販で注文済み、と言おうとして、やめた。


 雫とお買い物、魅力的な響きだ。

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