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凄腕忍者、TS魔法少女にされる 〜護衛対象に溺愛されても、某は百合には落ちぬ〜  作者:
五章 忍び妹は兄姉さまを取られたくない

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第70話 断じて洗脳ではない、生まれ落ちて初めて己で選んだ感情だ

 立ち上がったままリンは全身の力を抜いた。視界が元の色に戻って、ソファーに後頭部を付けているめいたんが見えた。


 胸にあるのは、腕の感触。スフレよりもパンケーキよりも柔らかいものに包まれていた。

 振り向くこともできないで、リンはつぶやいた。


「下がってください……ここは危険です。どうして来たのですか」


「春ちゃんとアリスとこっちの様子を見てたんだけど、ちょっと大変かもって思ったから飛び出してきちゃった。いけなかった?」


 リンは五ミリだけ顔を伏せた。


「いけません。余計に大変になります、ちょっとでは済まなくなります。あなたがいると、某は冷静ではいられない」


「んふっ、いなくてもでしょ」


 雫の指が頬に当たって、やや陥没した。そちらに体重がかかる。頭の重みが、一点に支えられる。丸まった爪の食い込みは、ずっと触れていたい。


「ぷにぷに、物騒なこと言ってる人のほっぺとは思えないなあ」


「左様……ですか。そちらはお心と身体の感触が同等に思える、さすがです」


 息を吐いて、心を落ち着かせた。雫がいる、雫、雫、こんなにも近い。

 指、触れてみようか、せっかく目の前に――周囲のがやがやとした声が聞こえてきた。


「わ、わ……リンさ……東山さん……わぁ……」


 なにか言い出そうとして詰まっているまひるの声、めいたんの荒い息づかい。周りのテーブルからも、明らかにこちらに向けられた反応があった。


 見られている、皆に。けれど、それでも雫は離れようとしない。

 リンは指に体重をかけるのをやめて、振り向いた。雫の唇と目がすぐそこにあった。


「この続きは、帰ってからにしましょう。一旦離れていただけますか、某はもう平気です」


「ん、今は殺しちゃダメだよ」


「はい、承知しております。公衆の面前で血は流しません」


 雫の腕が遠ざかるのを確かめてから、リンはめいたんに向き直った。


「頭に血が上った、先ほどの発言は撤回しよう。しかし貴様も言動には十分注意しろ、協定が守れなくなる」


「な、なに言ってんの、お姉さんってそいつ……その人にガチ恋してる系?」


 リンは言った。


「そうだ」


 めいたんは目を見開いて、口を押さえるような仕草をしていた。


「なればこそ常に私情を挟む。そのことゆめゆめ忘れるな」


「わかんな、なにそれ、意味わかんな。その女――」


 背後で雫が言った。


「女じゃなくて東山雫です。その節はどうも、めいたんさん」


 ちらっと雫の方を見て、めいたんは言い直した。


「――東山雫ってなんなの。めいたんは世界を壊す悪い人だって聞いたよ、だから捕まえようとしたんだもん、だから狙ったんだもん。教えてよ、本当にお姉さんはそいつに洗脳されてるわけ」


 リンの眉間にシワが寄った。


「口を慎めと……ならば教えてやろう、しかと聞け」


 テーブルに片手をついた。目の位置を合わせて、めいたんを見つめた。


「この方は某の恋人だ、好き合う人だ。断じて洗脳ではない、生まれ落ちて初めて己で選んだ感情だ」


 めいたんの頬が、わずかに上向いたように見えた。半開きの口元が、ひくひくと動いていた。


「二度は言わない、その認識を固定しろ、でなければ停戦はならぬ」


「あっ……ぅ……」


 見つめていると、めいたんは目を逸らした。斜め下を向いて、瞳が弧を描いた。

 まともに顔を合わせない状態のまま、めいたんはやや顎を引いた。


「堕落した愛と情欲、溺れる心は悪なの正義なの……悔しいけど今のお姉さん……」


 そこまで言って、めいたんはきゅっと口を締めた。下唇を噛んでいるようにも、歯噛みしているようにも見えた。


 めいたんが顔を上げて、視線が重なった。あの軽薄な笑みは消えて、目元が引き締まっていた。


「ステッキが直るまで停戦は約束する。けど馴れ合いはしない、時が来ればまたわたしたちは敵同士になる。めいたんのみんなへの気持ちと、お姉さんたちの愛、どっちの愛が本物なのか、いずれ決着を付けよう」


「行こう、ルーシィちゃん」と言ってめいたんは立ち上がった。リンの真横まで来て、一度足を止めた。


「それとも、今ここでやる?」


 落ち着いた声だった。殺戮者のそれとも近い、冷淡さがあった。


 戦力はこちらが勝る。ことが起きればアリスとまひるの協力も得られる。脅威を一つ消し去るのに不足はない。戦闘力の回復を待つ必要はない。恒久的な和平がならないのであれば、時間を与えるのは愚策だ。

 だが。


「約束をした、それを違えはしない」


 めいたんはリンから目を切って、出口を見た。


「そっか、じゃ万全になったら連絡するから。そのときはよろしくね」


 頭を一切揺らさず歩いて、めいたんは店から出ていった。

 ドアベルが、からんからんと軽快な音を鳴らしていた。


 リンは汗ばんだ人差し指を親指で擦った。口惜しい、みすみす脅威を解き放つとは。つくづく未熟、交渉は失敗も同然だ。

 出口を睨んでいると、力の入ったその指を柔らかい人の手に取られた。


「雫」


「約束守ってくれたね。ありがと」


「はい。側にいてくれて助かりました」


 リンは深く頷いた。

 店内は賑やかで、人々は思い思いの時間を楽しんでいる。悲鳴もなければ、怒声もない。愉快な笑い声、食器の奏でる音色、軽快な店内BGM、雫にはこういうものが似合う。


「せっかくです、報告も兼ねてお茶を楽しみましょうか」


「うん、そうしよ。あ、ふたりにも連絡するね」


 雫が笑うと、思わず自分も笑顔になった。

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