第6話 魔弾の射手は、戦場にフリフリの衣装で現れる
窓から飛び立ったリンは、電柱の上に着地した。突き出る胸の下で、腕を組む。
目だけで周囲を見回してみるが、敵の姿はどこにもない。しかし正面からの殺気を、如実に感じ取っていた。
遠くないところに、射手は潜んでいるに違いない。
地上からでは射線が通らない、雫を狙うのであれば、必ず高所に潜んでいる。民家の屋根、電柱、あるいは空中。住宅地とあっては、背の高いビルなどは存在しない。
「闇に紛れる射手よ、潔く姿を見せるがいい」
耳を澄ませる。塀を歩く猫の足音すらも、聞き分ける。空気の淀み、音の乱れ、気配、なにひとつ見逃しはしない。
「あいにくだが貴様の標的は我が術で防護させてもらっている。いくら射撃を繰り返そうとも、無意味」
リンは口を大きく開けて、笑う真似をした。肩を揺らし、頭を上下させる。
その刹那、感じ取る。金属が擦れ合うような音、弾丸が薬室へと送られた気配を。
手元にクナイを出現させ、音の出所に向けて投擲する。それとほぼ同時に、夜闇の一点が煌めいた。
200メートル弱の近距離。屋根よりも遙か上空。リンが微かに見上げるその位置から、光を帯びた銃弾が発射された。
そこには闇があるばかりで敵の姿はない、だが確かに――
リンは身を翻した。
二の腕を弾丸が掠り、血の一本線が浮かび上がった。
「そこか」
電柱を蹴る。クナイを追って、自らも飛び込んだ。
間髪入れずに敵の第二射。両腕を交差させ、動きを止めることなくその一撃を受け止めた。
衝撃。腕の肉がえぐられる。魔力で骨を硬化させ、それを弾き返す。
腕を開くとともに、右手に短刀・黒き翼を顕現させる。
敵はどこだ、確かに銃弾はあの地点から、それなのに姿が見えない。
罠か、魔法による奇跡の類か、だが――気配はそこにある。
リンよりも一足早くクナイがその地点へと辿り着いた。キンっとなにかに弾かれたような音が響いた。
意表を突かれたといったような、若い女の声が聞こえた。
「うっ」
クナイは一瞬姿を消し、突然空中に現れて地面へと落ちていった。
その地点を凝視すると、なにもない空間に浮かぶ円形の穴があった。ボトルの底ほどのそれは、街の灯りを反射して煌めいている。
リンは短刀とは逆の手で、再びクナイを放った。しかし、それは目標に到達することなく、闇夜を通過していった。
穴は、更に上空へと移動していた。しかしそれ――おそらく狙撃用のスコープ――は常にこちらを向いていて、殺気を放っている。
周囲に溶け込む魔法。だが、あの一点だけが露出している。
研ぎ澄ます意識は、トリガーを引く音を察知した。回避、防御――
否、首を取る。
「はっ!」
薄板のような魔力の足場を形成する。膝を曲げ、一気に踏み切った。
銃弾がはるか下方を通過していく。
短刀を構え、魔力を練り上げる。穴、空間の揺らぎを見据える。
「ひっ」
悲鳴のような声とともに、次の銃撃がやってくる。
黒き翼は銃弾を切り落とす。一気に間合いは詰まった。
頭上を取り、短刀を振り上げる。眼下の空間は、月明かりを反射して歪んでいた。
人の息遣い。怯えるような声だけが、聞こえてくる。
「え」
「覚悟」
空間を切り裂くと、確かな手応えがあった。肉ではなく鉄、おそらく銃器。
叩き切ると、眼前で強烈な閃光が放たれた。
「わだしに近づくなぁ」
「むぅ」
目を閉じる。空気の流れを感じ取る。明滅するまぶたの裏に、動体を感じ取る。
「逃がさん」
形成した分銅鎖を投げつけると、身体の一部に絡みついたのを手が感じ取った。
魔力で固定し、落下していくそれを支えた。
「やめ、やめて、やめ、こ、ころさな、ころさ」
人一人分の重み。軽い、少女のそれだ。
目を開けると、純白のスカートを履いた女が逆さ吊りになっていた。全身にフリルの装飾された、珍妙な格好をしている。
女は陸に上がった魚のように、両手両足をばたつかせていた。
魔力で鎖をその場に固定し、リンは自分と女の顔の高さが重なるように足場を形成した。
眼鏡を掛けた、色白の日本人だった。見た目からすると、ちょうど雫と同年代のように思える。
その女は歯をカタカタ鳴らしながら、青ざめた顔でリンを見つめていた。
「仲間はどこに潜んでいる」
喉元に短刀を突きつけると、女は竦み上がった。
「し、しらない、しらない、別、別行動だったから、本当に知らないの」
「その言葉、真か?」
女は繰り返し首肯した。眼鏡がズレてもやめようとはしなかった。
「そ、そうです、本当です。わたしなんにも知らなくて、えへへ、ただ、頼まれたことをやってただけで、へへ」
女は頬を吊り上げて、息を切らすように笑い始めた。
なんとも奇妙な、これが刺客とは。まるでただの女学生ではないか。
不憫なものだ。
「そうか。なら貴様に用はない」
「ほんとですかっ」
「ああ」
女は表情を崩して、深く息を吐いた。全身で脱力しているように見える。
なるほど。若くとも刺客は刺客、覚悟のほどは確かなようだ。
「その潔さ、敵ながら見事。遺体は丁重に扱うと約束しよう」
「へ」
「首か腹か、選ぶがいい。安心しろ、痛みは一瞬だ」
「ちょ、え、え、まって、ま、え、なんの話、ですか? わたしを、えと、ええと、どうするって? なんか、なんか、痛いとかって、まさか、ころ、殺そうとなんて、ねえ?」
女は尋常ではない速度でまばたきをした。頬や目元の筋肉が小刻みに動いている。
「無論。あの方の守護が我が務め、故に、貴様には死んでもらう他にない」
「うそ、うそでしょ、うそ、うそうそ、殺すつもりなんてなかったし、あの子、別にわたし知ってたし、死なないって、だから――」
リンは数センチだけ首を横に振った。
「嘘では、ない」
「ひゃっ」と女の口から素っ頓狂な声が漏れた。
ふっと力が抜けて、女は白目を剥いた。口を大きく開けて、産卵する魚のように泡を噴いた。
意識が飛んでいる。とことんわからん女だ。まあいい、今なら恐怖を感じずに――
「兄姉さま! そんな人と遊んでる場合じゃないよ!」
インカム越しに春が叫んだ。
「その魔法少女さんのことは後にして、すぐに部屋に戻って! 新手が来てる!」
「な……承知っ」
全身から汗が吹き出してくる。またしても。失態の連続、護衛失格だ。
胸に滾るものを抑え込んで、足場を蹴る。一気に下降して、雫の部屋を目指した。




