第66話 安全保障会議は、香水の匂いがする
めいたんから会談を求められたリンは、即座にアリスとまひるに連絡を入れた。
セーフハウスではなく、偽装用の部屋で待機していると二人はすぐにやってきた。
物珍しそうに部屋を見回しているまひると、アリスをソファに座らせて、三人でテーブルを囲んだ。
「テロリストから脅迫を受けた。地域一帯と雫の安全保障に関わる重大懸念事項だ、貴様らにも協力を要請したい。中立地帯のカフェにおいて会談を行なう、そこに同席してもらいたい」
持参したエナジードリンクを飲んでいたアリスが言った。
「ワオッ、夜分遅くに呼び出しかと思えば、いつになく素直ですね」
隣に座っていたまひるが、覗き込むようにリンの顔を見た。
「本当に私たちを頼ってくれるんですか……? なんだか信じられません……あ、ご、ごめんなさい、変な意味じゃなくて」
頭を下げようとしたまひるを止めて、リンは言った。
「奴のような混沌とした存在は貴様らにとっても都合が悪いはず。事前に送ったメールで、敵の概要は確認したな?」
二人はうなずいた。それぞれ目配せして、リンは続けた。
「ならば話は早い。この機を利用して奴を抹殺する、協力してくれ。まひる、こちらで奴の油断を誘う、お前には狙撃を担当してもらいたい」
テーブルに広げた航空写真に目を向けた。会談場所を中心にして、複数の点が打たれている。
それを順に指さした。
「融和を装って標的を窓際に誘導する。店舗の損害を最小限にしつつ、奴を一撃で仕留めるんだ。いくらか候補を絞っておきはしたが、狙撃ポイントについて専門家の見解が聞きたい。どうだ?」
まひるは軽く目を見開いた。
「専門家……はい、ええとですねまずスナイプにあたって私が優先するのは、射線の確保と隠密性です。ステルスは絶対ではないので、できるだけ日照を避けられるポイントを選びます。できたら夜間がベスト……えへへ、それでもリンさんみたいな手練れには見破られちゃって……とにかく、魔法の弾丸は気象条件にあまり左右されないんですけど、どうしてもそこだけは――」
「ノン、ノンノンノン、バッドアイディア、本気でめいたんをやっちゃいます気ですか?」
アリスが両手を広げていた。眉間にしわを寄せて首を振っていた。
「なんだアリス、奴を知っていたのか」
「知っているもなにも、魔法少女コミュニティでは有名人です。タルパを飼った悪魔、潔白のサイコキラー、ザ・ジャスティス……その異名の数々は彼女の実力と恐ろしさを雄弁に語っています。安易に協議をぶっちすれば大変なことになりますよ」
「むぅ……その脅威は肌で感じているところではあるが……だめか? 頭を吹き飛ばしても」
「ノー、それくらいで、デス、死ぬなんて思わないほうがいいです、噂ですけれど」
腕を組んで、鼻息を出した。
「誇張された伝説だな、馬鹿馬鹿しい。まさか脳髄を破壊されて生きられる人間が――」
喉から出そうになった言葉が、途中で止まった。ほかならぬ恋人の顔が、頭に浮かんだ。
背筋をぞわりとしたものが駆け上った。
「いや……いるかもしれん」
目を伏せる。喉を鳴らす。少し考えて、頭を上げた。
「よし、ならばコンクリートに詰めて海に沈めよう。二度と上がってこれないように二重にも三重にも封印を――むふっ」
頬の中心がへこんだ。前のめりになったアリスの指が、突き刺さっていた。
「それも却下です。デンジャラスなアイディアには協力しませんから、ね、まひる」
「あ、いえ、私はリンさんが――ぶほっ」
アリスは反対の手で、まひるの頬にも指を突き立てた。
「却下です」
席を立ったアリスは、リンとまひるの前で膝立ちになった。
抗えぬほどの怪力に頬を押されて、まひると肩がぶつかった。頭までもくっつきそうになった。ぬぅっとアリスの顔が上がってきた。
「一緒に会談に臨みましょ。平和的解決を目指すんです。大丈夫、めいたんは正々堂々でも有名ですから、拒みませんよ」
「しょ……承知」
首の筋肉が張る。指ひとつの力は、大男のそれにも思える。押されて、なすがままになって、ついに頬と頬がくっついた。
まひるのほっぺたは、なめらか、かつ、湿度のある感触だった。
「ひゃっ……リンさん、あっ」
いつもの魔法の香りとは別に、まひるから香水の匂いが漂っていた。
後日。アリスの提案でめかしこみ、ユリを模した髪飾りなど付けて会談場所へと向かった。
隣にはまひる一人がいて、アリスは雫の護衛に回った。その理由を尋ねると「ワタシは意外と顔が割れてるので、ちょっと気まずい雰囲気になっちゃうかもしれませんせん」などと言っていた。
駅前にあるそのカフェ近くで待っていると、約束よりも10分も遅れて奴は現れた。
「おっまたせぇ☆ みんなの魔法少女めいたんです、今日はよろしくお願いしまーす」
ツインテールを揺らして、めいたんは深々と頭を下げた。
横にいたまひるが、つぶやいた。
「わ、ゴスロリ」
顔を上げためいたんは、なにか紹介するように手を広げた。
「それとぉ、こっちが守護精霊のルーシィちゃんです!」
なにもない場所を見つめて、めいたんは笑っていた。




