第67話 敵とは仲良くできぬ、と伝えたら泣かれそうになった
めいたんとまひるを連れて、カフェへと入った。
出入り口を常に視界に入れておける座席を所望して、そこに通された。
めいたんを壁際のソファーに座らせ、リンとまひるは対面の椅子に腰掛けた。
一度店内を見回した。中規模のファーストフード店程度の広さ、着席率は約7割、1人客と少人数のグループが客層の中心。今のところ工作員らしき人物は見当たらない。
椅子を引いて、テーブルの下を確かめた。ぶらぶら揺れるめいたんの足があるのみで、爆発物は確認できなかった。
「きゃっ、めいたん恥ずかしぬー」
めいたんがスカートを押さえた。
頷いたリンは、テーブルから顔を出した。
「確認は済んだ。では、停戦協議を始めようか」
「そのまえに、注文しよーよ。はいメニューどーぞ。ルーシィちゃんも、見ていいよー」
手渡されたメニュー表をまひるが受け取った。
「どうしよっかな、どうしよっかな、どれにしようかなー」
めいたんはメニューを開いて、自分よりやや右側に置いた。半ば立ち上がるような姿勢で、内容を吟味していた。緊張感の欠片もない。親に連れられた子どものように、はしゃいでいる。
まひるもまひるで、眼鏡の縁を押さえながらじっとページを覗き込んでいた。
「やっぱりセットにしよ」
呟いたまひるがメニューを見せてきた。リンは一往復だけ首を左右に振った。
指先が、膝の表面をさすった。めいたんは誰かと相談するようなことを口にしながら、ページをめくり続けていた。
遅滞作戦。苛立たせるのが目的か、単純に時間を稼いでいるのか。
「おい」
「ふぇ?」
「余計なことを考えるな。約束を違えれば、ただちに協議は中止だ。二度と交渉の機会は訪れないと思え」
めいたんが顔を上げた。ぽかんとした表情で真横を向いて、急に笑顔を爆発させた。
「わ、だねぇ、そうだよね、きっとそう。うん、謝ろうか、お姉さんとっても短気さんみたいだし」
めいたんはリンに向き直った。
「ごめんね、言われるまで気づかなかったよぉ。でも信じてほしいな、めいたんずるいことなんて絶対しないから」
季節のデザートメニューなどを眺めていたまひるを、肘で小突いた。小声で言った。
「あれがさっきからなにと話しているか、わかるか」
「んー……そういえば、歴が長くなると見えてくる人もいるって、アリスが言ってました」
「覚えがあるのか、お前も」
「いえ、私は。あ、これ美味しそう」
まひるは、また手元のメニューに視線を落とした。
「ちゃんと謝れたよ、褒めて褒めて、んふふ」
めいたんはまた横を向いて、にやにやにこにこと笑っていた。頭を振って、拳を二つ胸の前で合わせて、楽しそうだ。
ぞぞぞっと身震いするような感覚が背筋を降りていった。
なぜ愉快そうなんだ、あれは。なにが見えているのだ、あいつには。
店員を呼んで、注文を伝えた。めいたんはパンケーキとメロンソーダを、まひるはナポリタン大盛りとアイスティーのセットとマンゴーのパフェを、リンは水を頼んだ。
すぐに飲み物がやってきた。めいたんは音を立ててストローをすすった。
「ん~、めいたんしあわせ~」
リンは目の前にあった水を、傍らに除けた。
「本題に入ろう。今回の誘いを承諾したのは他でもない、先に述べた通り停戦協定を締結するためだ。まずはそちらの要求を聞かせてもらおうか」
「えー、違うもん。停戦なんてなくても、ステッキが直るまで戦う気なんてないよ」
「なに? であれば、なんのためだ」
グラスが揺れて、カランカランと氷が鳴った。
「お姉さんはね、めいたんのライバルなの。互角に戦える人なんて生まれて初めて、だからね、お茶してみたかったんだー」
「なにゆえ」
「昨日の敵は今日の友、かな? 親睦を深めたかったの、迷惑だった?」
テーブルの上で、指を組んだ。顔がぴりぴりして、ほんの少しだけ語気が強まった。
「ぬけぬけと。刃を交えた敵同士が仲良くできる道理があるか。道化を演じるのはやめろ、腹を割って話せ」
今度は真横から、氷の音がした。
「え」
重たい視線を感じて振り向くと、まひるがこちらを見ていた。
瞳が揺れて、視線が一箇所に定まっていない。頬がぴくっぴくっと跳ねていて、どことなく顔が青い。目尻が、歪んでいるようにも見えた。
まひるはなにも言わなかった。両手でグラスを握りしめて、ただただリンを見つめていた。
リンは、目を伏せた。胸の中央に手を置いて、つぶやいた。
「い……いや、時と場合によっては敵同士であろうと友好関係を結べると……国際社会の歴史が証明している……感情的になりすぎた。気にするな……めいたん」
突然店内が暑くなったような気がして、全身から汗がたれてきた。代わりに、圧迫してくるような視線は消えた。顔を上げると、まひるは正面に向き直っていた。
「うん、めいたん気にしないよ。なかよしなかよし~」
踊るように、めいたんは両手の拳を突き上げた。
一度咳払いをした。喉の調子を整えて、向き直った。
「ん、んん……それを証明するために協定を結ぼう。大前提は相互不可侵だ」
「うん、なんか硬いけどぉ、たまに魔法少女談義に付き合ってくれたりぃ、トレーニングの相手になってくれるなら――」
ピタッと、めいたんは喋るのをやめた。ソファに片手をついて、そちら側に耳を寄せた。
女性客の話し声が聞こえた。やや遠いが、どうにもその目はこちらに向いていた。
『ねね、ああいう子良くない?』
『わかる、超わかる。なんか理想の美少女って感じだよねえ、いいなあ』
物理的にめいたんの耳たぶがピクピクと揺れているように見えた。
薄ら笑いだった顔が、次第に満面の笑みへと変わっていく。息まで止めて、その声に聞き入っているようだった。
「んへへへ……」
めいたんは薬物中毒者のような顔で、とろけていた。
さらに女性客の声が、聞こえてきた。
『見て、あの髪。百合っぽいアクセサリー、なんかエモい』
『わっかるー。でもさ、あっちのゴスロリっぽい子は、なんかわざとらしくない?』
傾きつつあっためいたんの動きが、止まった。
「む」
リンは自分の頭を触った。アリスに付けられた髪留めがあった。
そういえば、百合の花を模していたな。こういうのがいいのか、ふむ。
女性客の方を見ると、その二人は慌てて顔を引っ込めた。
リンはざらざらする胸をさすった。
「なんだあいつらは、人を品定めするとは……けしからん」
軽く息を吐いて、正面に向き直った。
「さて話の続きを――どうした?」
めいたんが、血走った目でこちらを見ていた。
歯茎をむき出しにして、やや前のめりになって。




