第63話 めいたんはドギツイのを穿いているらしい
2つになった杖を右手と左手にそれぞれ持って、めいたんは膝をついた。
この世の終わりのような暗い顔をして、両手を震えさせていた。
「折れるとかありえないし、てか折れるんだこれ、折れるんだ……グラフェン複合強化素材……折れるんだ……」
ぶつぶつ、ぶつぶつ、独り言をつぶやいている。戦いの最中にうなだれるとは、完全に芯が折れている。
この隙に殺してしまおう。
短刀・黒き翼を構えて、めいたんに近づいた。刃を下に向け、頭蓋の中心を狙う。
腕を引き一思いに――
「ちょっと待って」
「む」
リンは耳の横に手をおいたまま、動きを止めた。
足元から侵食してくるような腐った声で、めいたんはぼやぼやと喋りかけてきた。
「それ違うから、それはやめてね、魔法少女じゃないから。奇跡の復活するから、それまで突っ立ってるのが礼儀でしょ」
なにを言っているのだ、この気狂いは。やはり外見だけではなく、中身も狂ってるらしい。しかし、不意打ちにならんとは、どこまでも読めぬ奴。
「頭を垂れる者と、頭上を取る者、大勢は決した。それでもまだ続けると申すか」
手元を見つめたまま、めいたんは口を動かした。かすれる声が、僅かに聞き取れた。
「当たり前でしょ、正義の魔法少女は負けられないんだから、こんなところでやられるわけにはいかないんだから、ステッキなんか無くったって、魔法が弱体化したって、絶対――」
最後の言葉だけが、力強かった。めいたんの後頭部が発光する。雪玉のような球体が浮かび上がって、めまいがするような閃光を放ち始めた。
すぅっと息を吸う音が聞こえた。頭を一度下げて、弾みをつけるようにめいたんは顔を上げた。
「お、わ、れないんだからあああああああ」
めいたんが立ち上がると、爆発的に光が弾けた。リンはとっさに腕を交差させて、防御の構えを取った。
しかしそれに熱も魔法的な威力もなく、めいたんは上空へと飛び上がった。
「目眩ましかっ」
折れた杖をバトンのように回して、めいたんは腕を大きく広げる構えを取った。こちらを見下ろして声を張り上げた。
「めいたんはね、逆境から蘇ったの。キラキラを集めて、大々復活、応援ありがとみんなっ。頑張るからね、絶対あんなやつに負けないからっ」
目に、涙を溜めている。赤くした鼻を、何度もすすっている。上空二メートルほどに浮かんでいるめいたんは、ぐしゃぐしゃに顔を歪めていた。
リンは軽くのけぞった。身体を斜めにして、めいたんを見つめた。
どこかで落としたのか靴が片方脱げている。両サイドで結んだ髪が、これも片側ほどけている。火薬玉の影響で、衣服はすすだらけ、むき出しの両足も黒くなっている。
顎からはぽたぽたと血がたれていて、目は完全にイカれてしまったかのように見開かれている。もちろん杖は真っ二つに折れていて、魔力らしきものは感じられないし、視認も出来ない。
よく見れば、墜落寸前のヘリのように飛行も不安定だ。
「街の平和は、めいたんが守るっ」
だというのに、なぜ笑っているんだあの女は。
リンはつばを飲み込んだ。身震いがした。不気味だ、なにを隠しているんだ、奴は。ここは毒を使うか。吹き矢で神経毒を流し込めば、いくら魔法少女とて
――塀の向こうから、カシャッとシャッターが切られる音が聞こえた。
それもひとつやふたつではない。数え切れないほど、大量に。
「おいおいおい、マジじゃん、人飛んでんよー」
「うわなにあれぇ、ぼろぼろ、だっさぁ」
「すっごい、動画撮影にお金かけすぎじゃん。どこのチャンネルなんだろ」
無数の足音、群衆の声、閑静な住宅街に人が溢れている、ようだった。こちらからでは見えないが、その数50はくだらないだろうという圧がある。
めいたんは呆気にとられたような顔で、路地を見ていた。目と口が、忙しなく開いたり、閉じたりしている。
リンは言った。
「これが貴様の言うみんなか」
めいたんは、こちらに向き直った。呆けたまま、首を左右に振っていた。
「ち、ちがうちが、知らない、しらなっ、めいたん秘密だもん」
群衆の中から、ひときわ大きな女の声がした。
「うっわ、おぱんつ丸見えっ。やばっドギツ、魔法少女なのにえっぐいの穿いてるよー!」
男の歓声が上がった。
「まじ?」
「え、でもあの子何歳、アウトじゃね?」
「さすがに未成年じゃないっしょ」
カシャ、カシャとシャッター音が、いくつも連なった。フラッシュが焚かれて、めいたんのパニエが明滅した。
「え、ちが、やっ」
めいたんは慌てて股を押さえた。視線が下に動いて、自分が靴を履いていないことにも気づいたようだった。それから髪を触って、最後に胸のあたりをさすった。
「や、あ、見ないでぇ。ていうかめいたんドギツイのなんて穿いてないしー!」
身体の至る所を覆い隠そうとしているが、間に合っていない。
「人の注目を集めたいのではなかったのか……まあいい」
リンは吹き矢を生成した。上衣をまさぐって、毒針の包みを探した。見つからない、戦闘中に位置がズレたかもしれぬ。
探していると、めいたんが嬌声のような、叫び声を上げた。
「もう無理ぃ、やーだぁ、勝負はお預けー!」
するすると高度を上げて、めいたんはどこかに飛び立っていった。
流星のような速度で、目で追うのがやっとだった。
先ほどぱんつ発言をしたのと同じ女が叫んだ。
「逃げたぞー! 追え追えっ、みんなであいつを捕まえちゃえー!」
また歓声が上がって、足音が大移動していった。
「賞金だー」
「スクープだー」
それぞれ思い思いの叫び声を上げながら。
飛び去るめいたんを見つめながら、胸のあたりを探していたリンの手が、止まった。
「あった」
それと同時に、塀から女が顔を出した。髪を片側に結っている、見覚えのある女。今の自分と同じ顔をしている女。
春だ。
「よかったぁ、姉さま無事だったぁ」
深く息を吐いて、干される布団のように春は塀に突っ伏した。
春は右手にスマートホンを手にしていて、動画配信サイトの画面が映っていた。




