第62話 ステッキとは、魔法少女の魂らしい
短刀・黒き翼を逆手持ちにし、狙いをつけた。魔力の足場に角度をつけ、踏み出す構えを取った。
いざ突撃、というその直前に、めいたんが感心したような声を出した。
「わ、お姉さんの変身ステッキ、なんかちゃっちいねえ。くふふ、なにそれ小刀? おもちゃ? そんなのでめいたんに勝とうとしてるんだ」
めいたんは口を押さえて笑った。かと思えば、次の瞬間には真顔に戻っていた。
「卑怯者には、お似合いだけど、だ、け、ど、許したくないなあ、ちょっと怒っちゃったもん。肩から血出てるよぉ、足が痛いのぉって泣いてるよぉ」
杖の先端が、バチバチと音を立て始める。稲光のごとく輝き、めいたんの前方に無数の光弾が出現した。煙玉ほどの大きさで、その数ざっと二十。縦横共に身長の倍ほど広範にそれは展開された。
「痛いけどぉ、ちょっと我慢しよっかぁ!」
めいたんが杖を振ると、光弾は一斉に発射された。
「物量か」
リンは垂直に跳んだ。一呼吸する間に、十メートルほど上昇した。
頭上を取った。体重移動、腹を折り、上体を低くしてめいたんに――大量の光弾が足元に迫っていた。ツバメのような素早さで、一気に迫りくる。
誘導までこなすか。受けきれるか、叩き落とすか、否、威力が読めない。ならば、身を躱すまで。
腹を折ったまま、手元と足元に魔力の場を生成する。肘を曲げ、膝を曲げ、一気に押し込んだ。背中側に猛烈な勢いで跳び出す。
「爆ぜろ」
魔力で火薬玉を生成し、広範囲にばらまいた。網目のように広がって、光弾と接触、相殺される形で爆散した。
「もぅ、真っ向勝負はぁ!?」
斜め下方でめいたんが叫んでいた。怒り狂うように乱暴に杖を振ると、また光弾が生成されていった。先程よりも数が多い。
リンは追加の火薬玉を投げつけ、地上に向かって足場を蹴った。
着地先の目星をつける。このあたりは雫との通学路、だとすれば、空き家は――
「あそこか」
表札の外れた古い屋敷の敷地へと飛び込んだ。
枯れた庭に着地する。すかさず頭上を見上げると、爆破を逃れた数発の光弾が迫っていた。ゆらゆらと照明弾のように落ちてくる。
このコースだと屋根に当たる。誘導はおそらく間に合わない。だが、そうなれば雫の街に被害が出る。迎撃を、そう思ったその瞬間に、光弾は煙のように消えていった。
リンはその様子を確認した後、物置の影へと飛び込んだ。
しゃがみ込んで空を窺うと、杖を下ろすめいたんがいた。
攻撃してくる素振りはなく、めいたんは忌々しそうに顔を歪めていた。
「こらぁ、それはレギュレーション違反だよぉ。帰ってきて」
息を潜める。めいたんは地上を見下ろして、首を振っていた。目線が定まらない、正確な位置を掴みかねているらしい。
なぜ奴は攻撃してこない。息切れしているわけではあるまいに。
いや、詮索は後、この機は無駄にできぬ。
呼吸を完全に止める。魔力で心臓の動きを抑制する。足音を殺して、めいたんのやや後方に移動した。やはり気づいている様子はない。無防備に股の間を晒している。
「どこ、どこに隠れてるの、ねえ出てきて、それは本当にずるいって」
めいたんは、民家の二階程度まで高度を下げた。
気づかれる前に仕掛けるべきか。それともあれはブラフか。あの変わりよう、なにがあった。
ひとつ、試してみるか。
リンはまきびしを生成して、庭の正反対へと投げた。塀にぶつかって硬い音がすると、めいたんは素早く視線を向けた。しかし、攻撃はしてこない。それどころか、安心したかのように息を吐いた。
「むふぅ、そこにいるんだね、そこだね。動いちゃダメだよ、じゃあお庭の中でやるからね」
また高度を下げて、今度は地面へと降り立った。むき出しの土を踏んで、めいたんは転がるまきびしを見つめていた。
完全に背中を見せている。杖を下ろしている。視線は足元に固定されている。
羽根の歩みで、三歩前に進んだ。右手に短刀を構え直した。
庭の中程まで来る。あと二歩、あと一歩。
この距離ならば殺れる。
「まきびしってやつ? 古風な魔法少女――んっ」
めいたんは振り向いた。
リンは一気に距離を詰めた。短刀で首を狙う、が、伸びてきた杖によって弾かれる。
「っ、どこから」
杖の先端が、放射状の光を放ち始める。ぞくりと身震いがした。放たれれば致命傷、上半身丸ごと焼かれるか。
刃と杖が鍔迫り合いになる。押し込もうとするが、腕力はめいたんと釣り合う。かたかたと刀身が震える。
右腕に魔力を集中、それでも押し返せない。
「悪い子はぁ、消えちゃいなよぉ!」
「おい、めいたんとやら、この短刀を、ステッキだと言ったな、それには誤解がある」
「はぁぁ? 意味不明の命乞いじゃ助けてなんてあげないんだからぁ!」
杖の輝きが増す。視界が白く染まる。魔力の匂いが、むせかえるほど濃くなる。
リンは右手の力を抜いた。
「あいにく、武器以外はもちあわせておらぬ」
手を開いた。柄が離れて、掌底を滑り落ちていった。
「え」
めいたんが目を見開いた。前のめりになって、杖の光が陰った。
リンは一歩分退いた。右足に、持てる魔力の全てを集中させた。
鋼よりも硬く、刀よりも鋭く。
「はぁっ!」
杖の持ち手を狙って、蹴り上げた。
空気にムチを叩きつけたような音が鳴り響いた。
「う、そ」
蹴りは杖を砕いて、めいたんの顎先をかすった。
リンは片足を上げたまま、地面スレスレのところで短刀を拾った。
「貴様の負けだ。潔く腹を切るがいい」
真っ二つになった杖が、庭に転がった。
めいたんはふるふると首を左右に振って
「魔法少女がステッキを手放すなんて、ありえない」
とつぶやいた。




