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凄腕忍者、TS魔法少女にされる 〜護衛対象に溺愛されても、某は百合には落ちぬ〜  作者:
五章 忍び妹は兄姉さまを取られたくない

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第60話 リセットなんて兄姉さまが望んでない【side 春】

 雫さんの手を取って、全力で走った。アスファルトを蹴る、住宅地を駆ける。


 背後に目に見えない圧力がある。うなじがぴりぴりする、髪の毛が逆立つような感覚がある。

 敵の戦力は不明。目的は不明。剛糸を使って道を塞ぐか、それとも煙幕を張って目をくらますか、少量だけど爆薬も……どうする、どうにかしないと、あの子はきっと普通の刺客なんかじゃない。


 斜め後ろで、雫さんが言った。


「あの子、リンちゃん達と同じ雰囲気がする。いつもの人たちと違う」


「そんなの承知、わかってます。今考えてます、だから、とにかく走って、はし……伏せてっ」


 雫さんに飛びかかった。抱きしめながら、地面を転がった。


「きゃっ」


 岩に杭を打ち付けたような、衝撃音がした。一秒前に立っていた場所になにかがぶつかって、光が弾けた。


「うぅ……」


 突風に殴られたような衝撃が、背中を襲った。痛み、なんて無視して、雫さんを見た。


「大丈夫ですかっ」


「う、うん、わたしは平気」


 腕の中で、雫さんが顔を上げた。服は汚れてるけど、傷は見当たらなかった。

 ため息を吐きそうになって、飲み込んだ。


 雫さんを背にして、身体を起こした。

 砕けたアスファルトがあって、その向こうに、全身ピンク色の服に身を包んだ子供が立っていた。先端に星のついた杖を構えて、ニッコリと笑っていた。


「よかったぁ、いまので死んじゃったかと思った。ごめんなさい、ちょっと強めにやりすぎちゃった」


 魔法少女は、ぺろっと舌を出した。


 敵との距離は15メートルくらい。あの杖が武器。魔法、どんなんだった、わかんない、そんな余裕ないし、くそっ。次はいつくる、殺すつもりはない? それとも挑発? ダメ、油断しちゃいけない、切り抜けないといけない。敵の慈悲なんて期待するな。


「雫さんっ、立って!」


 背中側に隠していた煙玉を、敵に投げつけた。ちゅどんっと弾けて、白煙が立ち込めた。

 雫さんの手を取る。走り出す。数メートル先の路地に、逃げ込む。


「このまま行って大通りに出よう。敵だってあんまり派手なことはできないはず」


 道幅は同じくらい。やっぱり人通りはない。スマホは、回復してる。もう妨害は必要なくなったってことなの。

 息が切れる。額に汗が滲んでくる。前を見る。あの角を曲がれば通りに出る、そこで兄姉さまに――コトンっと背後からヒールのような足音がした。


「ね、ね、後ろ来てる、あの子っ」


 振り向くと、路地の入口で魔法少女が手を振っていた。お見送りでもするような、そんな調子で。


「どうして逃げるんですかー。うちの魔法少女をやったっていうから、期待してたのにぃ」


 うちの、うちのってどれだ。兄姉さま沢山倒してるから、あれか、あの合宿所の……今はそんなこと後回し。

 もう一度煙玉を――魔法少女が地面を蹴った。

 残像を残して、視界から姿が消えた。差し込んでくる日差しと建物の影だけが残っていて、そこにいたはずの人がいなくなった。


 首を振る。どこっ、どこにいった。消えた、違う、素早いだけ、ならどこに、どこにっ。

 電柱、民家の塀、屋根、いない。


 隣で、雫さんが叫んだ。


「前っ!」


「はっ」


 正面に向き直ると、敵がいた。電柱の間隔すらも離れていない、目の前。杖を持つ方の手首を曲げて、アニメの主人公みたいなくねくねとしたポーズを取っていた。


「まじかるラブラブめいたん只今参上。わるーいお姉さんたちはやっつけちゃうぞ☆」


 きゃはっ、と魔法少女――めいたんは笑った。


 首筋から、腰から、ふとももから、冷や汗が垂れていった。あの子、遊んでるつもりなの、それともなんらかの意図があって、あんな振る舞いを、わからない、なにあれ。

 めいたんは唇を尖らせて、上半身を突き出すような姿勢になった。


「ねーぇ、やろうよぉ、早く本気出してぇ。そんなよわよわじゃないってめいたん知ってるもん」


 腕を伸ばして、雫さんを下がらせた。


「そう。だったら」


 頭を低くする。腰に手を回して、指に剛糸を引っ掛ける。間髪入れず、それを左右の電柱に向かって投擲した。


「お望み通りにっ」


 指先を操る。二重、三重に張り巡らせる。日陰になっていた路地に、キラッといくつも光沢が現れた。


「わぁ、細いのがいっぱいだぁ。すっごーい、それがお姉さんの魔法?」


 ふにゃふにゃした息を、喉の奥に押し込める。カッチリ歯を合わせて、笑顔も浮かべてみた。


「そ、触れたらズタボロ、せっかくのお洋服が台無しになっちゃうよ」


 めいたんは胸を抑えるような仕草をした。


「いやん、清純な魔法少女はそういうのやってないですぅ。きたなぁい」


「じゃあ、帰ったら? 今なら見逃してあげる」


 腕が震える。呼吸も、同じくらい震えてる。頭がキーンとする。はぁ、はぁ、と自分の息がうるさい。


 めいたんは指折り数えるような動きをした。


「そうなんだぁ、淫らな糸かぁ、すごぉい。でも、それがなにか?」


 ひゅうっと風を切るような音がした。めいたんが、軽く杖を振ったのだとわかった。

 指に絡めていた剛糸の半分から、抵抗がなくなった。人差し指と、中指から、圧力が消えた。


 交差する腕が、また震えていた。見えなかった、なにも見えなかった。なにをしたのか、わからなかった。

 唇が乾いていく。端っこだけが、唾で濡れている。どうする、いや、どうするもこうするもない、全部切られたらおしまいだ。


 ごめんなさい、街の人達。


「わ、なにかするつもりだね、えへへ」


 残りの糸を保持したまま、制服のポケットに手を突っ込んだ。小型の爆薬、残っていた全てを電柱の根本へと投げつけた。

 丸い球が連鎖的に弾ける。コンクリートにヒビを入れる程度の、小さな爆発。きっとあいつには効かない、けど、これなら。


「だぁああ」


 電柱に絡めた糸を思いっきり引っ張った。腕が、筋肉が張り裂けそうになった。指がちぎれそう、取れそう、けど、これなら、なんとか。


 高いところにかかっている糸を重点的に引っ張る。根本のヒビが広がる。砕ける。折れる。

 ふらっと揺れて、電柱は斜めを向いた。他と結びついた電線がその身体を支えて、しかし、持ちこたえられずに倒れた。連鎖的に、ばたばた、ばたばたと。


「雫さんっ」


 自由になった手を使って、雫さんを抱き寄せた。


 地面が揺れる。バチ、バチッという音がそこらじゅうから聞こえてくる。大量に埃が舞って、電柱は路地を埋め尽くした。

 めいたんが立っていた場所も完全に潰れていた。


「う、うまくいった……かな……」


 荒い呼吸を整える。吸っても、吐いても、酸欠みたいで頭がくらくらした。

 そうしていると、敵の方を見ていた雫さんが、こっちに向き直った。目と眉間に、力が入っているのがわかった。笑顔なんてなく、すごく真面目な顔をしていた。


 雫さんは言った。


「今のうちに、逃げて」


「う、うん、逃げるのは逃げるけど、これだけやったんだし――」


 雫さんは左右に首を振った。


「あの子、遊んでる。全然、これくらいじゃ全然、応えてない」


「え」


 笑いの混じる声が、響き渡った。


「あはぁ、これくらいなんだぁ。魔法っていうより、物理だよぉ、これじゃあさっ」


 破裂音がして、瓦礫が吹き飛んだ。破片のひとつが、足元に突き刺さった。


「おかえし、どーぞ」


 杖が掲げられていた。先端に光が灯る。空間がねじれて見える、台風の天気図みたいに、瓦礫や空気やなにかいろんなものが一箇所に集まっていく。

 雫さんは、突き飛ばすように、腕から抜け出した。


「わたしは大丈夫だから、なにがあっても平気だから。取り返しのつかないものとは、違うから」


 雫さんは、一歩前に出た。盾になるみたいに、両腕を広げた。

 二本の足で立つ背中。芯があって、一切ブレなくて、でもだめで、そんなのだめで。違って。


「ちがう、違うよ雫さん、それだめ、そんなのだめ、絶対に駄目っ」


 低音が響くみたいに、心臓が鳴ってる。ずん、ずーんと響いてる。


 雫さんは、振り向いてもくれない。


「いいの。知ってるでしょ、わたしが死んでも、元に戻るから。全部無かったことになっちゃうから、気にしないで」


「気にするっ、そんなの、そんなのっ」


 叫びが、喉から飛び出した。ダメだ駄目だ駄目だって言葉が、ずっと頭の中にある。

 だってそれは、それはそれは。


「姉さまが、兄姉さまが望んでないっ、だから春はそんなの認められないっ!」


 ぴくっと、雫さんの肩が上がった。


「約束したんだ、守るって、やり通してみせるって……だからぁっ」


 雫さんに飛びかかった。背中から、思いっきり抱きしめる。


「はるちゃ……きゃっ」


 覆いかぶさるように、地面に倒れた。雫さんの頭を押さえる。腕の中に隠す。敵を、あの光を見る。


「よーし、いっくよー☆」


 喉が震える。胸が震える。がたがたがたがた、身体が全身が震えている。あれは、あの攻撃は、あの力は、無理絶対に無理。死んじゃう、死んじゃうけど、雫さんだけでも。

 目を瞑る。口に力が入る。歯が震えてる。どこも震えてる。涙が滲む。嵐が吹き荒れる。熱が前髪を焦がす。


 もうダメ、だめ、無理、無理だけど……無理だけど。


「雫さんだけは守るから……後は……」


 その先が口から出ようとしたそのとき――すっと鼻を利かせるような、そんな音が聞こえた。


 雫さんが、つぶやいた。


「……匂いがする」


 ほとんど同時に、頭上から声がした。

 

「そこまでだ、悪党」


 かわいらしい声、聞き覚えのある、声。


「二人への手出し、断じて許さん」


 顔を上げると、民家の屋根にその人が立っていた。黒尽くめの装束、たなびく襟巻き、小柄な身体、やさしくて、つよい、誰よりもつよい瞳。


「姉さま……兄姉さま……」


 涙が止まらなくて、身体の力が全部抜けた。



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