第52話 兄姉さまはいつも朝っぱらからイチャイチャしてるらしい【side 春】
雫さんを待つ間、スマホのインカメで自分の姿を確かめていた。『春、頼んだぞ、絶対に雫を守り抜くんだ』なんて兄姉さまからもメッセージも3分に1度くらいのペースで届く。
『り』と返したら、また容姿チェックに戻る。
変装は完璧。髪型も目の色も、バッチリ兄姉さまだ。自分でも惚れ惚れするくらい良い、即興とは思えない。
「あー、あー」
声の調子も整えて、準備万端。恋人でも学校でもなんでも、さあ来い。
玄関の扉が開いて、雫さんは外に出てきた。目が合ったその瞬間に挨拶。
「おはよー……」
じゃなかった、堅物、堅物。
「おほん、おはようございます」
「うん、おは――」
雫さんは階段にかけた足を止めた。その場に立って、二秒くらいこっちを見つめていた。
まずい、いきなり疑われてる。見破られる前に事情を……いや、それはよくない、この後に差し支える。
なにもわかってないみたいに、首を傾げてみた。
「どうかしましたか? まさか某に見惚れていたのでしょうか、ふふ、冗談です」
「あ、ごめん、忘れ物しちゃってそのこと考えてた。すぐ取ってくるから待っててね」
その場でくるりと回って、雫さんは家の中へ戻っていった。
扉が閉じるのを確かめて、ふっと息を吐いた。よしやれてる、全然やれてる。
この調子で行こう。雫さんには聞きたいことがたくさんあるんだから。
戻ってきた雫さんは、いきなり腕を組んできた。カップルみたいに、身体を寄せ合って歩くことになった。
雫さんは前なんて見ないで、ずっとこっちを見つめてくる。ほっぺたに視線が刺さる。
顔を逸らし気味でいると、溶けそうなほど甘ったるい声が聞こえてきた。
「ねぇリンちゃん、おはようのチューまだぁ?」
ぎょぎょっと身体の表面が粟立った。
朝から、朝っぱらからなにしてんのこの人たち、住宅街だよ。人いるから、人っ。
「え……今日は積極的でござるな、はは……しかし、ちとまずいのでは」
前をみればスーツ姿のおじさんが歩いている。ちょっと後ろには小学生の集団がいる。お日様が見てる。木が見てる。家が見てる。人が見てる。
「いいよぉ、いいじゃん、おねがい」
ちらりと窺うと、肩口のあたりに唇があった。ぷるぷるした柔らかそうなピンク色。薄く塗ったリップが、光を反射していた。
どきんどきんと胸が跳ねる。女の子相手なのに、なにこれ。
「そ、その、申し訳ありません、今朝から風邪のような症状がありまして、本日はキスはなしにしませんか、万が一伝染ったら、た、大変でござる」
「いいよぉ、全然いい。リンちゃんのウイルスならほしぃ」
顔が迫ってくる。腕を抱かれて、胸を押し付けられるような形になる。笑顔っていうより、とろんってした表情で、やばいこの人マジだ。
「ね、いつもみたいに、して」
「い、いつも……」
どうする、任務のため、いやだめ、ここはだめ、肉体言語はだめ。兄姉さまに顔向けできない。
なら、ここは。
「あ、怪しいやつ! 待てっ、某が成敗してくれるわ!」
「え?」
腕から抜け出して、地面に両手を着いた。そのままぐるんぐるんっと倒立しながら前に進んだ。派手だけど、兄姉さまはこれくらいする。
「はっ!」
少し離れたところでジャンプして、塀の裏へと飛び込んだ。
茂みに隠れて、胸を押さえた。少し息が荒くなっていた。
「はぁ……ラブラブすぎるよぉ……」
塀の向こうから聞こえてくる雫さんの足音に意識を集中させた。ちっとも乱れてない。あんなことをした後なのに、落ち着きすぎてる。
「あの態度、どこまで本性なのやら」
兄姉さまはほだされてるけど、あの人って実はよくわからない。調べても詳細は不明、師父様はなにも教えてくれない、不思議なことばっかり起きるのに、みんな知らんぷりしてる。
この機会は活かさないと。
仮面があるなら剥がしてあげる。兄姉さまのために。




