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凄腕忍者、TS魔法少女にされる 〜護衛対象に溺愛されても、某は百合には落ちぬ〜  作者:
四章 黒いのは忍び装束だけにあらず

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第50話 雫とした

 橙色の常夜灯を、ベッドの上から眺めていた。マットレスの右側にはすぐ床があって、左側には雫の肩があった。

 心臓の音は目立たなくなって、静かな息遣いだけが聞こえていた。

 重ね合った手は、布団よりも少しやわらかい。


 目を瞑ると、意識が沼へと沈んでいきそうになった。力が抜けて、全身がぬくもりに包まれている。落ちる、消える、このまま……けれどもう少し、少しだけ。


 閉じたまぶたを、剥がすようにして開いた。


「まだ、起きていますか」


 左耳に、雫の声が届いた。


「うん、起きてるよぉ。すごく眠いけど、んふぅ、もうちょっと」


「それはよかった。落ち着いて話がしたいと、思っていたものですから」


 音のない部屋。雫が黙ると、静けさが耳鳴りのようにもなる。

 身動ぎするだけで、布のこすれる音がよく聞こえてきた。


「なぁに? リンちゃんはいつも落ち着いてるように、見えるけど」


「落ち着いてなど、いません。雫といればいつも内心はてんてこ舞いです。ですが、不思議と今だけはそれがありません」


「そうなんだ」


 つぶやくように言って、雫は小さな笑い声を漏らした。


 どこまで、どこまでを口にするか。際限はあるのか、ないのか。

 力のない顎と口が開いていった。


「はにゃ」


 おかしな声が、漏れた。息と混ざった、甲高くて締まりのない音、ただの音。


 雫が顔をこちらに向けたのがわかった。


「へ?」


「失礼、喉の調子がいささか……んふっ」


 咳も出た。鼻をすすると、水音がした。


「げふっ、おほっ……おかしいれす、伝えたいことがあるはずなのですが、身体がどうにも、おかしい」


 言葉が詰まって、そのたびに軽く胸が跳ねた。

 言おう、ひとつ言おう、それだけ言おう。ちゃんと言おう。


 言った。


「おかしい……おかしい……雫と出会えて嬉しいです……げふっ」


 ひときわ大きな咳が出た。何度も続いて、拳で口元を押さえた。

 喉が炎症を起こしている。ヒリヒリしている。

 横から雫の声が聞こえる。


「え、えーと、どうしたの? だいじょぶ? お水飲む?」


「いえ、結構。胸が荒れているだけです。あの、それで、その、人と一緒に寝られるのは喜ばしいことなのだと、思っています、嬉しいです、心からそう思います」


 胸が熱い、目が熱い、いつの間にか熱い。首周りも円形に熱い。頭の中は咳で乱れている。ぐちゃぐちゃに神経の配置がズレている。


「リンちゃん? なんか……うん、わたしも一緒にいられて嬉しいよ」


 困惑と軽い焦りが混ざったような、そんな声。寝る前だというのに、申し訳ないことをしている、これは。


「ですからっ……ですから、ん、んんっ」


 鼻息が吹き出す。喉から気のない声が漏れる。

 落ち着いている。心は落ち着いている。なにもおかしなことはない。

 左手の指が、雫の指に絡んだ。上から被せるように、握っている。


 ぴくっと雫の背中が跳ねた。


「ん」


 上を向いたまま、言った。


「やはり、この心は、東山雫というお方を愛しているのだと確信しました」


 身体を横に向けた。暗闇の中に、愛する人の顔が浮かんでいた。


「返事をお聞きしたく、存じます。雫にとって、某は、なんですか」


 雫は眉を上げた。じっとこちらを見つめて、一度口を開きかけて、すぐに閉じた。

 慎ましやかな笑顔になった。雫が笑った。笑っている。こっちを見て、笑っている。


「愛してる……っていうと、なんかちょっと恥ずかしいね。でも、うん……好きだよ、大好き」


「しからば、お返事は」


 視線を逸らすように雫は目を動かした。やや下を向きながら、ささやくように言った。


「えへへ……こういうのってなし崩しでもいいと思うんだけどなあ……でも」


 熱っぽい吐息が、パジャマにかかった。薄い布を通り抜けて、温度が皮膚に伝わってきた。

 雫が顔を上げた。顎を下げて、上目遣いで見てくる。


「わかったよ、えと、ね……告白ちゃんと受け止めます、わたしもリンちゃんのことが……ことを、愛してるから」


 ほぉっとぬるい息が出て、締まっていた腹部が緩くなった。

 強張っていたらしき顔から、力が抜けた。頭が浮ついて、脳から角がなくなった。


「雫……」


 つぶやくと、雫は滲み出すような笑顔を見せてくれた。頬の真ん中が、ほんのりと赤くなっていた。


「んっ」という声を漏らして、雫は目を閉じた。


 口が、突き出されるような形になっていた。

 ぴったりと閉じたピンク色。闇の中でもつややかな、雫の唇。


 したい、今度こそ。


 背中に片腕を回した。力を入れずに、抱き寄せる。

 顔を、顔に近づける。

 唇と、唇を合わせる。押し付けない。ほんの一瞬触れるだけ――無理だ。


「んぅ……」


 唇が重なって、体温が、粘膜が、ひとつになった。重なる鼓動が20も鳴るまで、そうしていた。


 口を離すと、荒い呼吸をしながら、雫は言った。


「はぁ……もう、一回」


 返事もせずに、抱き寄せた。


 そんなことを何度か繰り返して、気づけば眠りに落ちていた。

 夢をいくつも見た。雲の中にいたり、ちょうどいい温度の湯に浸かっていたり、足を揉まれていたりもした。

 そのどれにも、いかなるところにも、雫と繋いだ手があった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


リンちゃんがようやくスヤスヤしたところで、四章完結となります。

なんだかとてもいい感じの終わり方ですが、まだまだお話は続きます。


面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、評価で応援していただけると大変励みになります。

五章以降も追っていただける方は、ブックマークしていただけると嬉しいです。


これからもよろしくお願いします!

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