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凄腕忍者、TS魔法少女にされる 〜護衛対象に溺愛されても、某は百合には落ちぬ〜  作者:
三章 忍びには恋をさせろ

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第32話 あなたが悪い夢を見ないでいられるのなら、命を賭してでも

 前方3メートルほどのところに、敵が浮かんでいる。

 全身にジャラジャラと宝飾品を垂らした、肌の露出が多い銀髪の女。そのひとつひとつが太陽光を反射して輝いていた。


 銀髪は胸の前で両手を合わせた。


「思った通り、腕が立つ。流石は手練れのくノ一、ではないか、忍びよ」


 伏兵の気配はない。増援を送り込んでくる様子もない。後はヤツだけか。


 銀髪は小刻みに唇を動かした。呪文のような音の羅列が、薄っすらと聞こえた。


「む」


 鼓膜に、触られたような感覚があった。

 直に触れられているように、銀髪の声が流れてきた。


「案ずるな忍び、我らは敵ではない。立場は違えど、あの少女という一つの線で目的は繋がっている。そうだろう、違うか、我々は同志だ」


 耳鳴りがした。ぐらぐらと目玉が揺れた。リンは構えた短刀を、僅かに下げた。


「ようし、それでいい。わかるか、そちはその類まれな才能を搾取されている。ろくな報酬も休暇も与えられず、ただ身分に従って、奴隷として使役されている」


「奴隷」


「そうだ、奴隷だ。夢の世界でのことを思い出せ、あれは慈悲だ、自己を取り戻すための儀式だ」


 短刀を降ろし、切っ先を地面に向けた。見開かれた銀髪の目を、見据える。


 一歩、二歩と、前に出る。銀髪の声は肉を震わせ、体内へと落ちてくる。


「こっちに来なさい。そう、そのまま。我らは、そちを一人の人間として尊重し、同志として迎えよう。望みがあるならなんでも言うがいい、願いは叶えよう」


「……そうか」


 銀髪に近づいた。会話の合間に呪文を唱える口が、歯のない老人のように動いていた。


 視界がずれて、目の前の顔が三原色に分裂した。色が濃く、暗くなっていく。頭が揺れる。真っ直ぐに敵を見つめる。


「……なら、ひとつだけ聞かせてもらおう。あの少女は、雫は一体どうなる」


 敵は叩いて息を出すように、笑い声を弾ませた。


「心配せずとも、乱暴な真似はせん。そちと同じく、その能力を存分に活かし、多くの人に愛される幸福な人生を送るのよ」


「なるほど、それならばいい」


 敵の口角が上がった。ゆっくりと両手を広げて――この瞬間だ。


「そんなものは不要だ」


「なっ」


 短刀を振り上げた。疾風が通り過ぎるような音がして、漆黒の炎が線を描いた。


「なぜっ……またしても……」


 釣り糸が切れたように、銀髪はその場に落下した。地面に横たわって、動かなくなった。


 リンは視線を切って、頭上に顔を向けた。ヘリは、雫を機内に収容することもせず遠ざかっていく。宙ぶらりんの担架は、みるみるうちに小さくなっていった。


「雫っ。ヤツら、腫れ物扱いか」


 遠い。間に合うか、違う、間に合わせなくては。


 忍び装束を纏い、リンは地面を踏み切った。足場を形成して、駆け上がる。


「ちぃ」


 駆け上がるが、ヘリが速い。1進むたびに、2離される。これでは――いや、まだ手はある。

 地上に向けて、叫んだ。


「アリスっ、越谷まひるを起こせ! あのヘリを狙撃させろ!」


 ローター音をかき消すほどの大声が聞こえてきた。


「ワッツ!? まさかリンさんから提案してくるなんて、本当にいいんですか?」


「いいもなにもあるかっ、早くしろ!」


 地上の様子を窺うと、アリスが人差し指を突き立てていた。


「イエスイエスイエスッ、準備しておいて正解でしたっ。まひる、容赦なくやっちゃってください」


 傍らに立っていた越谷まひるが、落ちていた敵の銃を拾い上げた。


「わかりましたけど、うぅ、こんな粗末なライフルだなんて……」


「やれるかっ!?」


 越谷まひるが、声を張り上げた。


「やります! そのかわり、殺さないでくださいね、本当に!」


「ああ!」


 片手で銃を握り、越谷まひるが腕を大きく振った。全身が一瞬光の球体に覆われ、次の瞬間には、純白のフリルを身に纏っていた。

 片膝を着き、越谷まひるは銃身を空へと向けた。


 一瞬の静寂。


 乾いた銃声が、轟いた。


 銃身がひしゃげて、光弾が発射される。リンの真横を飛翔していって、ヘリのテールローターへと直撃した。


「当てるかっ、射撃の腕は確かなようだ」


「はやく、墜落しちゃいますよ!」


 ガクンっとバランスを崩して、ヘリは大きく高度を下げた。


「雫!」


 魔力の足場を利用し、雫へと接近する。ヘリは墜落を免れようとして、空中で暴れていた。


 あの位置なら、間に合う。全速力で駆け抜ける。風を切る、身体すらも後方に置き去りにする感覚。膝の関節がミシミシと音を立てる。

 跳躍を繰り返すたびに、めまいがする。あと500メートル、300、100――50。


「おおおおおおっ」


 膝を抜き、腰を落とし、足をバネのように使って、最後の一歩を踏み抜いた。


 担架に手を伸ばす。縁に指先がとど、かない、ヘリが移動する、雫が遠ざかる。届く、届く、届かせる、あと一歩、もう一歩。

 無理に踏み出すと、ぶちぶちとふくらはぎが鳴いた。


「しずくうううぅ」


 とど――いた。

 伸ばした指先が、担架の縁へとかかった。


 身体を押し上げ、雫の拘束を解除する。


 雫を、抱き寄せる。腕に力が入った。目の内側に、なにか溢れそうなものが上がってきた。

 眠っているが、生きている。呼吸をしている。ここにいる。誰も消えていない、敵も味方も、雫も。

 1秒間も、抱きしめていた。ヘリがまた高度を下げて、大きく揺れた。


 ぱちりと雫が目を開けた。


「ん……ぇ、ぁリンちゃん、おは――え、なにこれ、え」


「なにも心配いりません。某が必ず地上までお連れします」


「う、うん……あれ、目、濡れてるよ、大丈夫?」


 グミのような指先に、目元をなぞられた。足に、腕に、顔に、力が蘇った。


「今ので大丈夫になりました。さ、ここから飛び降ります、掴まっていてください」


 首に腕を回された。裸の雫を抱いて、その場から飛び降りた。約200メートル下方に、海岸沿いの森林が見えた。

 一直線に落ちていく。速度は乗るが、着地するくらいの力はある。これで――頭上に圧迫感があった。前に抱いていた雫の顔に、影がかかった。


「上、うえ、落ちてくる」


「なにっ、コントロールを完全に失ったか、あるいは自爆、そんなことよりこの場を、ぐぅ」


 どうする、どうすればいい、叩き斬れるか、回避できるか、距離が近い、猶予は3秒もない。だめだ、迎撃は間に合わない。回避も確実性がない。


 守り切るしかないか、身を挺してでも。


 雫に向き直った。


「これから、命を賭してあなたをお守りします。ですが、死ぬつもりはありません、必ず生き延びてみせます、ですから、悪い夢は見ないでください」


 圧が迫る。機械音が近づく。雫を、強く抱きしめる。


「だめっ、リンちゃ、ぁ……なにか、くる、これって」


 雫は、リンの背後を見た。


「ベリィデンジャラス! ですけど、悲劇のヒーローになんて、ぜえええったいさせませんからぁ」


 陽気な女の声が、空いっぱいに響き渡った。


 緑色の粒子が舞った。

 ヘリの胴体が二つに割れた。

 ずれたその隙間から、鎧を身につけた金髪の女が飛び出してきた。


「きさっ――」


「いいとこどりでーす!」


 騎士――アリスに、雫と一緒に抱きかかえられ、勢いを増して森林へと落ちていった。


 上空で、四尺玉のような爆発音が轟いた。

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