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凄腕忍者、TS魔法少女にされる 〜護衛対象に溺愛されても、某は百合には落ちぬ〜  作者:
三章 忍びには恋をさせろ

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第31話 男だ女だのと敵は惑わそうとするが、某は雫の女以外の何者でもない

 白いモヤに覆われた、足元のおぼつかない空間にいた。湯気ではなく、湿気を感じない。

 空も地面も真っ白で、全てがペンキで塗りつぶされているかのようだった。


 ぼーっと前を眺めていると、突然、頭の中に思考が浮かんだ。


 こんなところでなにをしている、雫はどこだ。敵の襲撃を受け、拉致されたのか。あるいは殺されたのか。いや、そんなことを言っている場合ではない、あの方を守らなければ。


 一歩前に――進めない。足の輪郭がない、手の形が存在しない、胴体がモヤに溶けている。頭の重みがない。自分はあるのに、身体がない。

 動け、動け動けと念じていると、背後から声が聞こえた。


「そこの女人、貴様は何者だ」


 落ち着いた、男の声だった。頭は動かないのに、視界だけがぐるっと後ろに切り替わった。


 クナイを構えた、黒尽くめ――忍び装束の男がいた。

 触れればたちまち切り捨てられてしまいそうな緊張感。長身で筋肉質。細いツリ目は、感情などないかのように前を見つめていた。


 また、後ろから声が聞こえた。耳を撫でるような、甘ったるい声だった。


「答える義理はない。このような格好をしているからと言って、舐めてもらっては困る」


 また視界が切り替わった。

 今度は、水着姿の少女が現れた。男の胸程度しかない身長、まるまるとした目、骨っぽさも筋肉もない華奢な体。唯一、バストだけが豊満に飛び出していた。


 組んだ腕で乳の下側を支えて、少女は身をよじるような動きをした。股からすーっと伸びる生脚が、やや内側を向いていた。

 腹は丸出しで、脇も肩も完全に露出している。靴すらも履いておらず、ほとんど裸同然でいる。色白の皮膚は、ほんのり赤みを帯びているようにも見えた。

 しかし、それでいて、その目の鋭さは男と同等だった。一歩でも近づけば、相手を噛み殺してしまいそうな、そんな迫力があった。


 視界が左右に割れて、右目が男を、左目が少女を捉えた。ふたりはこちらには目もくれず、睨み合っていた。


 男が言った。


「名乗れぬか、ならよし、首を落とすまで」


 棒手裏剣を構えて、少女は姿勢を低くした。


「ふん、問答無用というわけか。そのようなやり口は、今日日流行らぬぞ」


 こいつら、見覚えがある。容姿と口調が見合わない馬鹿な女と、時代錯誤な死生観の間抜けな男。なにを争っている、こんなときに。


 男は言う。


「いや、思い出したぞ。貴様は某を騙り、女子高校生などのふりをしているらしいな。嘆かわしい」


「ふりなどしていない、某は本物の女子高生だ」


「殺気を身に纏っておいてよく言えたもの、化けの皮を剥いでくれよう」


「煩悩にまみれた忍びよ、この身体に手出しする前に塵にしてやろう」


 睨み合ったまま、両者は無言になった。意識を集中させ、一挙手一投足に注目している。どちらかが隙を見せれば、その瞬間に決着は付く。


 だがお互いに手練も手練、硬直状態は長く続く可能性が高い。

 一分が十分に、十分が一時間に、一時間では飽き足らず、一日すら及ぶかもしれない。


 こいつらは、なにをしているんだ。顔を合わせれば睨み合い、言葉を交わせばどちらが本物かといがみ合う、こいつらは、なにを、しているんだ。


 むくむくと腹の熱が全身に回る。一秒すぎるごとに、血管が膨らんでいく。動かなかった手が動く、力が入って指がばきばきと音を鳴らす。噛み締める歯は、あと少しの力で砕け散る。


 雫が危ないというのに、なにを遊んでいる、こんなときに。


 身体が二つに割れて、右と左に踏み出した。それとほぼ同時に、両者がこちらを向いた。


 気取った声で、男が言った。


「見ろ、其処に某がいる、どちらが主格にふさわしいか判断してもらおうではないか」


 媚びるような声で、女が答えた。


「貴様にしては賢明な判断だ。よし、某よ、貴様はどちらをえら……ぶ……ぁ」


 男の胸ぐらと、女の水着を掴んだ。両者ともに、同じように目を見開いていた。


「そんなことをしている暇があるか。自分のことなどどうでもいい」


 男の額に、額を押し付けた。


「貴様は引っ込んでいろ、しゃしゃり出てくるな。某は女だ、女子高生だ、疑問を挟むな」


 胸ぐらを引っ張ると、光る粉となって男は消滅した。


 女は、口をぱくぱくさせて、うろたえるような声を出した。


「や、やめろ、なぜそう簡単に割り切れる、お前は、男だろ」


「どうでもいいと言った。雫が望んでいる、ならば女でいるだけだ」


 顔に肉の感覚が戻ってくる。身体の真ん中で、心臓が動き始める。


「わ、我に触るな、なぜ落ちない、なぜ迷わない、お前のようななりそこないがっ」


 女の口に、締りがなくなった。頬や目元が震えて、汗が浮かんでいた。


 視界の端で、白いモヤが歪んだ。岩風呂や竹の柵のような、実体がちらちらと見えていた。


「身体を返せ。何者かは知らぬが、意識を支配したくらいでどうにかなるなどと思ってくれるな」


「なっ、魔法が……幻影が……こ、殺せ、こいつを殺せ!」


 水着のトップスを、引きちぎった。自分とぶつかって、身体の感覚が蘇る。外気の温度を感じる。湿度を感じる。地に足が付いている。


 モヤも曖昧さも完全に消え去り、大浴場が戻ってきた。


「こやつ……本当に、殺れ、殺れっ」


 宝飾品で身体を彩った銀髪の女が、あぐらをかいて浮かんでいた。慌てる表情で、指示を出すように両手を振っていた。


「今のは幻か、ぬかった。むっ」


 自分を取り囲む殺気を感じた。

 露天風呂全体に、小銃を構える金属音。その数、十。指の間に棒手裏剣を出現させ、そのうちの八までを狙う。前方はカバーできる。だが、背後を処理しきれない。直撃、耐えられるか。


「はっ!」


 背中に魔力を固めて、一斉に棒手裏剣を投じた。それとほぼ同時に、背後から軽快な叫び声が聞こえてきた。


「とぅりやぁぁ」


 その声色には聞き覚えがあった。


「アリスかっ」


「イエス!」


 背後から打撃音がふたつ、前方から転倒音が八つ。バタバタと、連鎖的に銃を構えた男たちが倒れていった。


「ふぅ、危ないところでした。無理やり夢を見せてくるなんて、ハレンチな魔法少女さんですねー。あん、あまり見ないでください」


 ちらっと背後の様子をうかがうと、全裸のアリスが胸を隠して股を閉じていた。それからペタペタと足音を鳴らして、壺風呂で眠っている越谷まひるを起こしに向かっていった。


 前方に意識を集中させると、浮遊する魔法少女が歯をむき出しにしていた。


「ぐぅ……まさかそやつらも仲間だとは……」


 一緒に倒れたはずの、雫の姿がなかった。どこだ、どこに連れ去られた。


「雫はどこだ」


「く……なぜ教える必要がある」


 敵魔法少女は、一瞬だけ目を上に向けた。上、そうか。


 上空に待機しているヘリから、担架が吊り下がっていた。


「なら貴様に用はない」


 リンは、右手に短刀【黒き翼】を出現させた。呼吸を整えて、眼前の敵を見据えた。


「冥土で後悔するがいい」


 黒き翼の刀身に、漆黒の炎が灯った。薄皮一枚ほどの厚みで、刃を覆っていた。


 雫、すまない。もう少しだけ待っていてくれ。

 目を覚まさずに、なにもなかったことになどせずに、そこにいてくれ。


 すぐに行く。こんな奴は、障害にすらしない。

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