第28話 浴衣の下はノーパンに限る、と脱衣所で発言したら妙な空気になった
頬に指を沈められて、意識は眠りから覚めた。
横たわって目を瞑ったまま、その感触を味わう。ほっそりとした少女の指先。中程まで押されて、戻って、ちょこんと内頬が歯茎に触れる。
布団のぬくもりが、全身に染みわたる。頬を押されるたびに、反射で口が開いてしまいそうになった。
あぁ、雫殿は朝からイタズラ者だ。
「んぅ……くすぐったいですよ、雫。わかりました、今起きますから」
枕に乗せた頭が、浮くような感じがある。ほんの少しの気だるさがあって、まだ目を――
「兄姉さまさあ、すっかりただの女の子だよね。ぷにぷに、すべすべでエロい」
「む」
パッと目が開いた。
雫は、やや胸元をはだけさせて、目の前で横になっていた。すぅすぅと寝息を立てていて、まだ、まぶたは閉じられている。
天井側を見ると、作務衣姿の春と目が合った。口元が緩んでいて、しまりがない。
「温泉、直ったって。いつでも入れるってさ」
膝に手をついて春は立ち上がった。リンが身体を起こすのも待たず、出入り口に向かって歩いていく。
ドアノブに手をかけたところで、春は振り返った。
「昨晩は情熱的な夜を過ごされたようで、なによりです」
口に手を当てて春は「ぐふふ」と笑っていた。
ぎぃと扉が開いて、ばたんと閉じられた。
朝からなんだったのだ、あの妹は。報告に来たのか、嘲笑しに来たのかはっきりしないやつだ。
まあいい、確かに油断しすぎた、警備に――
「リンちゃぁん……」
すっと内太ももに雫の手が伸びてきた。素肌に触れられて、さすられる。きゅっと肉が硬くなる。
「あったかぁい……」
反対側の手で二の腕を掴まれる。そのまま抱き寄せられて、また密着する。
身体を丸めて、リンは雫に身を任せた。
皮膚の内側がざらつく。微熱が、身体から力を奪っていく。
リンはまぶたを閉じた。
やはり、まだ起きなくてもいいか、目覚ましが鳴るまではここでお守りしていよう。
朝食後、すぐに大浴場へと向かった。浴衣姿のまま、四人並びの一番後ろで、リンは女子風呂の暖簾をくぐった。
施設全体と同じく風呂は閑散としていて、脱衣所に他の利用客の姿はなかった。
帯を取って、浴衣を脱いで、雫はあっという間に裸になった。胸元から手ぬぐいを垂らしているが、他に隠すものはなにもない。
浴衣の襟に手をかけたまま、雫の裸体を凝視――していては怪しまれるので顔を逸らすと、真後ろで脱衣していた越谷まひるの尻が目に入った。
そうだ、こいつの身体も確認しておいて損はない。アザが魔法少女の印なのだとしたら、彼奴らにも刻まれていて当然なのだろうから。
「おい、身体を見せろ」
「へ」
間髪入れずに、越谷まひるは振り向いた。右手で胸を隠し、タオルを持つ左手は不自然に大腿部に置かれていた。
「な、なにを言うんですか、急に」
眼鏡の奥で、黒い瞳が揺れていた。後ずさるような動きをして、でかい尻が棚にぶつかった。
見えるところに、不自然な点はない。鼠径部、腹回り、へそ、脇の下。やはり一般的な少女のそれと比較しても、なんら変わりはない。
「隠しているところから手をどけろ。拒否しても身のためにならんぞ」
「え、え、え、いや、なんともないんです、別に変なところなんて、全然、ちっとも、これっぽっちも、ひゃあ」
手を伸ばすと、越谷まひるは身をくねらせた。
胸を隠す腕から力が抜けた。股が締まるように動いた。大腿部に添えられた左手にも、力みが見られた。
なるほど、そちらか。
「ボディチェックだ。浴場への不審物の持ち込みがないか、入る前に確かめさせてもらう」
「や、やめてくだ、さ、わ、わかりました、わかりましたから乱暴は、あ、あ」
越谷まひるが頷いたので、同意を得たと解釈した。タオルごと、大腿部を隠す左手を除けた。
「ほぅ……」
大腿部の内側に、縦横二センチほどの十字架が刻まれていた。
しゃがみこんで、それに顔を近づけた。肌よりも白く、浮き出しているようにも見える。アザと主張されればそれまでだが、やはり異物感は隠せない。
質感はどうなっているのだろうか。リンは指を伸ばした。
「や……いきなり触らないで……」
いくらかざらつきがある。まるで、薄く砂糖をまぶしてあるようだ。
十字形になぞると、「んっ……」と越谷まひるは声を漏らした。動きに合わせて、ぴくぴくと皮膚が震えた。力が入っているのか、足の指が丸まっていた。
「念の為聞いておく、これはなんだ?」
「ちが、違うんです、これはただのファッションタトゥーで、ただのシールなんです、本当なんです」
「見え透いたことを。まあいい、元より貴様らは真っ黒なのだからな」
リンは立ち上がった。目を見ると、越谷まひるは肩を縮こませた。
「こ、殺さないで」
「勘違いするな。これはただの検査、それで貴様らをどうこうするつもりはない。雫の友人に手は出さん、友人にはな」
「そ、そうですか……よかった……」
越谷まひるは、深い息を吐いた。眉は垂れ下がって、まぶたが落ちかけている。
なんとも暗い顔だ。雫殿の慰安旅行には不釣り合いではないか。
「手荒な真似をしたな。すまん、見境がなかった。某の落ち度だ」
越谷まひるは、目を見開いた。
「え……あ……いえ、ごめんなさい、私も過剰に反応しすぎたかも……しれません」
「うむ。そう言ってくれると助かる。雫の手前、手抜かりは禁物なものでな、どうしても手が出る」
会釈するように頭を下げた。
越谷まひるは、口を開けた締まりのない顔で、こちらを見ていた。
後ろから、雫の声がした。
「まだ脱いでないの? 恥ずかしい? 脱がす?」
リンは笑顔を作ってから、振り向いた。
「いえ、自分でやれます。某は乳幼児ではありませぬから」
帯を取って、腰巻を剥がして、リンは一気に浴衣を脱いだ。そうなればもう、身に纏うものはなにもなかった。
「うわ、リンちゃんってば下着履いてなかったんだ」
「はい? 浴衣ですので」
人の身体を凝視して、雫はかすれた笑い声を漏らした。
「では参りましょうか……そういえば、アリスはどこに行った?」
「え? あ、どこだろうね。越谷さん知ってる?」
「いいえ。さっきトイレに行くとは言ってましたけど、遅いですね」
トイレ……なんらかの工作活動か? しまった、目を離しすぎた。
「探してきます――」
「ヘェイ……皆様方々、お待たせしちゃってました」
物陰から、アリスが姿を現した。
バスタオルを二枚も身体に巻いた、蓑虫のような格好をしていた。さらに、髪の毛にもフェイスタオルが巻きつけられていた。
「なんだその格好は。貴様、どうした」
頬を赤らめたアリスは、胸の前で手を揉んだ。
「その……みんなでお風呂は慣れないです……」
アリスは、下を向いてもじもじとしていた。
リンは目を細めた。
「外国人留学生設定はエセではなかったのか? あるいは、それも演技か……?」
「わっつ?」
アリスは、首を傾げた。
沈黙が訪れて、低い空調の音だけが聞こえていた。




