第20話 妹に尻を見せるのも、任務ならばやむをえまい
リンは、セーフハウスの居室で、全裸になってあぐらをかいていた。
姿見と手鏡を使って自分の身体を調べていたが、どうにも手際が悪い。見えるところははっきり見えるが、見えないところは見えない。
手鏡を持って身体をよじり、隅々まで確かめようとした。だが、鼠径部の裏側や、尻の一部が厄介だった。
仕方ないので、妹の春を呼ぶことにした。
「春、春、済まぬが手を貸してくれないか」
呼びかけると、すぐに春は現れた。たたっと廊下を駆け足でやってきて、部屋へと飛び込んできた。
「はいはーい、なあに、兄姉さまが頼み事なんて珍し――」
足音も、声も、中途半端なところで止まった。息を呑むような音が、聞こえた。
「尻を確かめてくれないか。鏡でもよく見えぬのだ」
手鏡を床に置いて、リンは立ち上がった。生の尻を、春の方に向けた。
「魔法の影響下にあるこの身体、なにか異質なところがないか探していたのだが、背中側で苦労させられた。やむを得ぬ、見てくれ」
一歩、後ろに下がった。フローリングに、かかとがへこむような感触があった。
なかなか返事が来ないので、改めて、姿見に写る自らの裸体を確かめた。毛の薄い脇の下、乳房、腰のくびれ、肉付きのいい尻、太もも、ふくらはぎ……どこを見ても普通。生物学的におかしなところはない。
腕を上げ、腰をねじり、ヌードモデルのように身体を動かす。けれどもやはり、なんら変わったところはない。
しばらくして、ようやく春の声が聞こえてきた。
「な、なにしてんの……目覚めた?」
「わけのわからないことを言うな。雫殿と自分の身体の類似性を探していたのだ。参考になると思ってな。尻の影になっているところが見えん、尻だ、見てくれ」
「……ああ。だから女の子らしくないって言われるんだよ」
「む、心配するな、外ではこのような真似はせん。これでも多少は慣れてきたつもりだ」
春はため息を吐いた。
顔が尻に近づいてきて、表面に冷たい空気があたった。
「ふっくら綺麗なお尻だねぇ、特に変なとこはないよ」
春はぼそりと付け足した。
「常識以外」
腕を組むと、いつもより胸の弾力を感じた。
「そうか。魔法と身体が可分であるのなら、雫殿の身体検査も徒労に終わるやもしれぬな」
だとするならば、僥倖かもしれぬ。
余計な疑いを向けられぬよう、裸体調査の中止を師父に進言するのだ。
うむ、それがいい。
リンは自分に納得して、数回頷いた。
正面に回ってきて舐め回すようにこちらを見ていた春が、言った。
「兄姉さまはさ、自分のことなんとも思わないの? 変な気持ちになったりとかさ」
「邪な気持ちにはならん。未だに慣れぬことは多々あるが、視覚的にどうということは、ない。どんな姿であれ、己は己であることに変わらぬ」
「へぇ……変わってるね。あ、裸のまま縛ってもいい? たまには術の鍛錬もしないと」
春はどこからともなく取り出した剛糸を、両手でピンと張った。
口が、逆にしたかまぼこのように笑っていた。
「常識の欠如はどちらだ……。服を着る、もう行っていいぞ」
「まったくエロスがわかってないよね、兄姉さまは――」
こちらの胸元を見て、春は口を開けたまま固まった。
「ねえこれ」
右の下乳を四本の指で触られた。持ち上げられて、たゆんと揺れた。
「んっ……なんだ、急に。人の身体で遊ぶのは、よせ」
「違うよ、ほら、この下側、なんか模様みたいなのがある」
「模様だと」
手鏡を拾って、胸の下を確かめた。葉を円形に配置したような、黒っぽいアザが刻まれていた。
「むぅ、こんなものがあったとは」
魔法の証、なのかもしれない。
雫殿はどうだったか、と思い出そうとすると、妙に顔が熱くなった。ダメだ、そこまでは見れていない。
「へぇ、なんかかっこいいね。魔法少女の印だ。雫さんにも?」
「いや……未確認だ。その口ぶり、監視カメラにも映っていないのか」
春が顔を上げると、結んだ髪がひょこっと動いた。
「うん、ローアングルはほとんどないからね。て、ことはぁ」
真面目だった春の表情が、子鬼のような笑みに変わった。
「兄姉さまのお仕事だね、うふっ」
「……また厄介な」
仕方ない、調査は続行だ。
「わぁ、手触りいい、とぅるっとぅる、ぷにぷにだぁ」
春はまた胸に触れて、しばらくの間、嬉しそうにいじっていた。
出そうになった声とため息を、飲み込んだ。




