第19話 女子更衣室で胸を触られると、変な声が出そうになる
すぐ隣で、雫がブラを外している。そのうち下も脱いで、スクール水着に足を通すだろう。
クラスメイトの多くは、既に着替え終えてプールに向かった。ロッカーは、隅にあるものを選んだ。覗きに来たアリスは、威嚇によって撃退した。
だが、雫だけは隣だ、すぐ隣だ。一緒にいるのがただの女性だと信じて疑わず、裸体を晒している。
自分の着替えも進まず、ロッカーに額を押し付けながら、リンはつぶやいた。
「胸が痛む……」
薄い鉄板に拳を押し付けると、ぎぎぃという音がした。
胸を隠そうともせず、雫はこちらを見た。
「え、リンちゃんも具合悪いの?」
「い、いえ……あまり人前で着替えというものが、慣れないだけで、それだけです」
横目で雫を見る。
華奢な肩周り、慎ましやかな胸周りの流線型。小ぶりだ。雫よりも小柄な自分と比較しても、少し小さい。
横からだと、いくらか垂れているようにも見える。にゅうり――関係ない、関係ない、そんなことは関係ない、そうではない、異常を見つけるのだ。魔法の根源だとか、神秘の証だとか、そういうものを。
くっと瞬歩のように顔を動かして、目に焼き付けて、すぐにロッカーに視線を戻した。
「そう? なんか顔色悪いけど……」
雫の身体は、いたって正常だった。健康的な日本人女性の肌の色。くすんでいたり、あざがあったり、紋様があったりなどしない。
股間部だけが依然として布に覆われているが――
視界の端で、すぅっと雫の手が腰にあてられたのがわかった。
手はゆっくりと足元に降りていって、右足、左足と順に上がった。そうやって脱ぎとった布は、ロッカー内へと放り込まれた。
「す、少しだけ恥ずかしくて……雫は平気なんですね」
「えー、なんで?」
「気にされる方もいると伺っていたので……その、申し訳ありません、集団生活というものにあまり耐性がなく、どう振る舞うべきか、いささか困っています」
「へぇ、忍者さんってそうなんだね。もしかして学校も初めてとか?」
ロッカーに額をあてたまま、頷いた。
「はい、一般社会とは離れて暮らしていたものですから……任務を除いてではありますが」
一人前の忍びとして、相応の修羅場をくぐり抜けてきた。女性の裸体を見ることも、何度もあった。だが、雫のそれだけは、刺激が強すぎる。
胸の奥がじんじん痺れて、ほてっている。熱発しているように、喉を通る息が熱い。
「へぇ、だからリンちゃんってあんな感じなんだね」
また足を上げて、雫は紺のスクール水着を履いた。袖に腕が通って、最後にぱちんとゴムが弾けたような音が響いた。
「あんな感じ……とは?」
ようやく雫を直視できた。更衣室の薄暗さのせいか、露出する色白の肌が煌めいているように見えた。
後ろに手を回した雫は、歯を見せて笑った。
「んふふ、社会不適合な感じ。しゅばばってかっこよくても、変なところで抜けてるよね」
胸の奥がへこんで、身体が縮まった、気がした。
失態の数々を思えば、返す言葉もない。結局、見せパンも履いていない。それで正しいのかも、判然としない。
「……妹にもよく言われます。育ちは同じなのに、どうしてこうなった、と。申し訳ありません、雫にふさわしい人間になれるように……努力いたします」
雫は、口をすぼめた。
「んー、責めたわけじゃなくてぇ」
言うと、雫は後ろに回していた手をほどいた。
「わたしは、かっこいいところも抜けてるところも、大好きだよ」
「なっ、雫ど」
雫の細腕が、腰に回ってきた。脇腹がくっついて、水着が薄いせいで体温をありありと感じる。
肌の、感触も。腹を触られる、その指使いも。
そうやってほとんど抱かれているようになっていると、全身から力が抜けていった。ふわり、ふわりと雲の上を歩いている。
「ぁ……あの……そのようなことはあまり公衆の面前では……んぅ……」
どんどん、どんどん身体がしぼんでいく。雫の魔力に意識までも侵食されているように。
胸元に、にししと笑う雫の顔があった。
「うわぁ顔真っ赤だぁ、恥ずかしがり屋さん」
「か、からかわないで……ください。顔が赤いのは正体不明の発熱のせいであって、別にそのような……」
身体の次は、心が細くなったような、そんな感じがした。
孤立無援の戦場でも、このような気持ちになったことはない。やはり今日は、どこかがおかしい。
おかしなことを、意識しすぎたのかもしれない。
「へぇ、本当に具合悪いのかなぁ、じゃあ見学するって先生に言ってこようか」
「け、結構です、授業には参加します」
「じゃあ」と言って、雫は欲望を剥き出しにしたような笑顔になった。
そして、脱ぎかけのシャツの上から、胸を鷲掴みにされた。
「はうっ」
甘い痺れが、全身を駆け巡った。
「早くお着替え済ましちゃおうねぇ!」
「し、雫、それは乱暴ですぅ」
「シリアスなのが悪いんだぞー!」
妙に盛り上がった雫に、一瞬のうちにすっぽんぽんにされてしまった。
直に胸を揉まれて、背中をなぞられて、太ももに触れられて、
「わぁ、リンちゃん真っ白すべすべ! お胸の形もちょーきれい!」
「し、仕様です!」
もみくちゃになりながら水着を着るのには、時間と手間がかかった。身体中汗まみれで、ぬるぬる、べたべたと雫の感触が、いつまでも残っていた。
ようやく着替え終えると、離れたロッカーの陰から見知った金髪――アリスが顔を出した。
「まだですかー、せんせー怒り心頭ですよー」
「は、しまった、教師に護衛だと悟られる」
バシンっとロッカーを閉めた。
後ろからリンに抱きついていた雫が、ぼそっと言った。
「みんな気づいてると思うけど」
「なにをおっしゃるか、さ、行きましょう」
「うん」
雫の手を引いて、素足で駆け出した。
結局、身体の確認は思うようにいかなかった、下半身などほとんど確かめられなかった。
そんな思考が脳裏を過って、次の機会がある、とすぐに振り払った。
ただ、ひとつわかったことがある。見た限りでは、雫の身体は他の女子生徒とほとんど変わらないということだ。
ならば、魔法少女を引き合いに出せばどうなのだろう? とリンは自分の身体に関心を寄せた。
水着の張り付いた流線型の胸と腹を見て、この中身を確かめてみる必要がある、と思った。




