第15話 告白したら、家に行きたいと言われてしまった
放課後、夕焼けに染まる街を、リンと雫は並んで歩いた。
ゆっくりと歩を進めるたびに、鞄の影がぷらりぷらりと揺れた。
うつむき加減の雫は、時折リンの横顔を窺っては、すぐに視線を戻した。なかなか会話には発展しなかった。
リンは口を結んで、正面を見て歩いた。眉間や合わせた唇が動き出しそうになるのを、こらえた。気まずいのと、こそばゆいのがある。比率的には後者のほうが多い。
亀のように歩いて、人の少ない路地まで来たところで、リンは言った。
「先程の、話、雫ど……雫は、どのようにお考えでしょうか」
どく、どくと胸が鳴る。声が早くならないように注意する。任務のためだなどと、悟られるわけにはいかない。申し訳ないことをしてしまうが、致し方ない。
顔は下を向いたまま、雫は目だけでリンを見た。
「どのようにって言われても……いきなりだから、ちょっと、難しいよ」
最後まで言い切るのにも苦労がありそうな、か細い声だった。鞄の持ち手を握る雫の指は、ぱたぱたと上下に動いていた。
「返事は、急かしませぬ。ただ、この気持ちをお伝えせねば、失礼に当たると思ったもので、告白という形を取らせていただきました」
リンは顔を伏せそうになった。意識して、首が下がっていかないようにした。心にもないことを言うこの口は、忍びの業。今更、なにも気にはならない。
雫は喉の奥から絞り出すような声を出した。
「うぅ……急だよぉ、リンちゃんそんなふうに全然見えなかったし、告白なんて、しかも女の子からなんて、いくら雫ちゃんでも、動揺しちゃうってばぁ」
雫の頬が赤く染まっていた。夕日のそれよりも、もっと赤い。
「唐突であると、こちらも承知しております。しかし心境の吐露とは往々にして唐突な――ん」
リンは足を止めて、肩の後ろを見るように振り向いた。電柱が五本、民家が六軒、ありふれた住宅地、人の姿はない。なのにどうしてか視線を感じる。こちらに向けられた、殺意とも違う興味という視線を。
少し前に出ていた雫が、振り向いた。
「急に……悪い人でもいた?」
「視認はできていませんが、なにか気配のようなものを感じます。匂いは……今のところ漂ってはいませんが」
「……わたしにはわからないけど――きゃっ」
リンは雫の手を取って、そのまま抱きかかえた。腕の中に収まる華奢な身体。柔らかな太ももの感触が、二の腕にダイレクトに伝わってくる。
「念の為場所を変えましょう、掴まっていてください」
お姫様抱っこの体勢で、雫はリンの顔を見た。
「だったらリンちゃんのお家がいい。まだ行ったことなかったから」
「家ですか……承知しました、では、跳びます」
リンは地面を蹴って、高く跳んだ。セーフハウスには連れていけないが、来客用の部屋がある。あそこなら防備も万全、避難場所としては悪くない。
民家の屋根を飛び越して、暮れなずむ空を駆けていった。
春の待機するセーフハウスから二つ上階にある一室に雫を通した。
「さ、どうぞ、ご遠慮なく」
靴を脱いで、リンは一足先に廊下へと上がった。
身を翻し、手を差し出していると、雫に言われる。
「リンちゃん、本当はここに住んでないよね?」
ギクっと、リンの背中が跳ねた。
「な、なにをおっしゃるか、ここはこの街での住居、普段寝泊まりしている場所です」
雫は、乱雑に置かれた靴やサンダルを見た。
「散らかし方がわざとっぽいし、逆に整頓されてるみたいな感じがする。生活臭はするけど、なんかリンちゃんの匂いとちょっと違う」
リンは手を出したまま、固まった。この御方は、時として鋭すぎる。擬態を見破られたときといい、なぜわかるんだ。
「そのようなことは……匂いと申されましても、入居して日が浅いゆえに定着していないだけではないかと……」
「トイレのドアノブに指紋がついてないよね。普通に暮らしてたら、そんなことありえないと思うんだけど?」
リンは廊下に突き出したドアノブを見た。銅色のそれに指紋が付着しているかなど、リンの目を持ってしても判別不可能だった。確かに使用していない、だが加工によって目立ちにくくなっているはず、にも関わらず見破るのか、雫殿は。
「事情があるのはわかるけど、嘘はやだなあ。ねえ、どうなの?」
頭を斜めにして、雫はリンを見つめていた。胸に圧迫感がある。思考が頭の中を洪水のように流れていく。
しまった、このようなことで、失態、だが挽回できる、忍びとしての悪癖、雫殿に今更隠し事など、なにを血迷った、某は、信頼関係が、だがいらぬ心配をかけぬためで――ええい、言い訳はやめろ。
リンは深々と頭を下げた。
「申し訳ありません……事情があって実の住居にはお通しすることが叶わず、どうぞこちらの来客用の居室での応対をお許しください」
「んふっ」
雫は口元に手を当てた。わずかに間があって、玄関に笑い声が響いた。
「うわーっ、引っかかった引っかかった、指紋なんて適当に言っただけなのに、リンちゃん真面目すぎー、あはは」
両手を合わせて、身体をよじって、雫は大笑いした。
ほころんだその表情は、実に無邪気な笑顔だった。無防備で、怒りもなければ警戒もない、そんな顔。顔が熱くなるのと、胸がふわりと浮くような気持ちが、同時にやってきた。
「ぁ……なんとも、雫は本当にお人が悪い」
リンも笑顔になってしまって、思わず頬をかいた。
ぼやっと照らされる玄関で、しばらく笑い合っていた。
笑い終えた頃に、雫はぼそりと言った。
「愛してるって言ってくれたのは、嘘じゃないといいんだけどなあ」
突っ張るように、リンの頬がひきつった。またしても、心臓が暴れ始めた。
また冗談か、本当に気づいておられるのか。
この御方、どこまでも侮れぬ。




