第128話 故郷は、悪くない場所だった
なぜここに――と棗と綾に聞いたのは雫だった。
「え、なんでいるの。もう遊びに来るの?」
二人は左右に首を振った。
「ううん、お見送りー。師父様に聞いたら、乗り換えまで一緒に行っていいって」
「暑いから中で待ってたー」
雫の表情が驚きから笑顔に変わった。
「そっか、ありがとう。とっても嬉しい」
「当たり前だよー」
「雫さんとも友達だもん、それにぃ」
綾が振り返って、前方の座席を見た。そこに座るまひるは、こちらの様子などまるで気にせずに、ポテトチップスの袋を開けようとしていた。
「まひるさんがお菓子いっぱいくれるからぁ」
綾は天井を這って移動して、まひるの手から袋を取り上げた。
「あ、私のぉ。なんでいつも狙ってくるんですかぁ」
「いつもなにか食べてるからですよぉ、はむ」
「ザッツライト、まひるにも責任がお有りですねー、あーん」
アリスが、綾にポテトチップスを食べさせてもらっていた。
「私もー」と棗も近づいていって、最終的には仲良く分け合うことにしたようだった。
ため息を吐いて、リンも前方に戻った。
「まったく、里の規律が心配になる」
すぐ近くに座っていた雫が言った。
「でも、気持ちは嬉しいよね」
「騒ぎに来たのか、本当に名残惜しいのか怪しいところですが」
リンは表情を崩した。
「寂しく帰路につくよりは、いくらかマシだとは思います」
「だね」
雫と笑い合っていると、今度は運転席の方から男の声が聞こえてきた。
「俺もいるぞー」
運転中に振り返っているのは、集だった。
「俺も最後にリンちゃんに会いたかったー、寂しいぜぇ、結局お泊まりに来てくれなかったし」
リンは小走りで運転席に駆け寄った。集に耳打ちする。
「雫の前でそのようなことは口にするな、消されるぞ」
「は?」
肩を小突いて、運転席から離れた。
集は指折り数えるような動きをした。
「あとそう、帰りにパチンコ行きたかったし、サウナにも寄ってこうかなって。それと」
信号で止まって、集はこちらを見つめてきた。
「兄さんによろしくな、リンちゃん」
なぜか、胸を穿たれたような気分になった。そういえば、ジンを覚えているものは、ここにもいたのだったな。
「ああ。案ずるな、奴は元気にやっているさ」
「そっか、なら良かったぜ」
集は親指を立てた。
そのとき「え?」と大声を出したのは、棗か綾のどちらかだった。
棗は大げさに首を傾げた。
「あれ? お兄さんって亡くなったんじゃなかったっけ?」
綾が両手を合わせた。
「あー、春ちゃん言ってたもんね」
その春は、一番前のシートに座って窓を眺めながら、ひゅーひゅーと口笛を吹くような真似をしていた。
集が声を上げた。
「え、うっそ、マジ、あいつ死んだの?」
「うん死んだー」
「らしいよー」
運転席付近が、にわかに盛り上がり始めていた。雫たちはぽかんとしているが、リンも同じ心境だった。
春の隣に座った。
「お前は、勝手に兄を殺したのか?」
こちらを向いた春は、顔をひきつらせながら、同時に笑っていた。
「ま……死んだようなものだし、いいんじゃない?」
リンは頭を悩ませた。そうかもしれないし、そうではないかもしれない。もはや戻る気はないが、鬼籍に入ったのだというのなら、ここにいる自分は幽鬼も同然だということになってしまう。
なので。
真顔で、リンは言った。
「よくはない」
「ごめんなさいっ」
春が慌てて頭を下げてきた。必死だったので、ひとまず許してやった。
がたがた、がやがや、騒がしいバスは街に向かって走り続けていた。
いつも応援ありがとうございます。
これにて、第六章は完結となります。
ずいぶん長いあいだ里に滞在していたような感覚がありますが、リンちゃんたちはようやく、いつもの生活へ帰っていくことになります。
少しだけ成長したリンちゃんと雫のお話は、第七章以降もまだまだ続けていく予定です。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
【今後の更新について】
なろう版は、明日8月2日(日)12時10分投稿予定の幕間をもって、カクヨム版の最新話に追いつきます。
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