第126話 うそぉ、姉さまが?
師父様に刃を向けた罪は、最終日までの屋敷清掃と、毎日の肩叩きを条件に許された。もちろん、と言っていいのかどうか、街での任務続行も正式に認められた。
肩を叩いている間、師父様はずいぶんと楽しそうにしていた。
「ぬふふ、殺そうとした相手に尽くす気分はどうよ」
「は、光栄です」
「固いのう、結局変わらんではないか貴様は」
両手の拳を上下させながら、考えを巡らせた。里に帰ってきたあの日から――あるいは、雫と初めて会ったあのときから、自分はどう変わったのだろうか、と。
別人になったようで、同時に、一貫しているような気もする。雫を守り、雫に救われ、愛して、愛されて、未知の感情にたくさん触れた。
嬉しいこと、楽しいこと、満たされること。
それらは、以前のジンであった自分には当然のように欠落していたものではあるが。
「手が止まっておるぞ」
「ぁ……申し訳ありません」
肩叩きを再開しつつ、聞いた。
「……某は変わっていないのでしょうか」
「たわけ」
声の調子で、背後からでも師父様が笑ったのがわかった。
「むさくるしい男のままであったのなら、このような生易しい罰など与えておらんわ。貴様などとうに打ち首よ」
「……感謝いたします」
ぽこぽこ、ぽこぽこ、と間抜けな音を鳴らしながら、しばらく肩を叩き続けた。
やはり師父様は、終始楽しそうにしていた。
その広い背中に抱きついてみたらどんな反応をされるのだろう、と一瞬だけ考えて、あまりにも不敬なので結局実行はしなかった。
仕事を終えて、頭を悩ませながら廊下を歩いていると、ばったり春と出くわした。例によって、棗と綾も一緒だった。
「お疲れ、姉さま」
「こんにちは~」
「今日もぷりちーですねー」
綾が抱きついてきて、胸の下に頬をこすりつけられた。棗は、指を咥えてその様子を見つめていた。
抱きつかれたまま、春に視線を向けた。
「三日後には帰路につく。準備は終わっているか?」
「もち、下見も行ってきたしね。リスクは最小限にして、我が家に帰れるよ」
「そうか。面倒事ばかり任せてしまって、すまないな」
「いいよいいよそれが春の仕事だし。姉さまと雫さんの時間を守らなきゃ」
後頭部に両手を当てて、にへへと春は笑った。
胸元の綾が、顔を上げた。
「リン姉さんが行っちゃうなんて、寂しぃ」
便乗するように、棗が言った。
「ねー、ずっといればいいのにー」
リンは言った。
「それはできぬ。雫には帰る場所があるのでな」
「ちぇー」「ぶすぅ」
二人は口をとがらせて、露骨に不満そうな顔をしていた。いつの間に、ここまで懐かれたことやら。
雫との約束があるので、綾には離れてもらい、その場を後にすることにした。
廊下を進んで、途中で振り返った。
「もし暇があるのなら、是非遊びに来るといい。歓迎しよう」
それだけ伝えて、正面に向き直った。
背後で、棗と綾が騒ぎ出すのがわかった。
「わー、ご招待されちゃった、行く? 行く? いつにする? 有給ある?」
「たっぷりー、二週間あるよー」
パチンッとハイタッチするような音が聞こえた。
「うそぉ、姉さまが」
とつぶやいたのは、おそらく春だった。
部屋に戻って襖を開けると、いきなり雫が抱きついてきた。
「やっときたー!」
「し、雫ぅ」
背中に回った腕と、Tシャツ一枚の胸から雫の体温が伝わってきた。柔らかくて、触れられている箇所がくすぐったかった。
「今日はふたりっきりぃ、ぜーったいに逃さないからねっ」
「はい、こちらこそ逃がしませんよ」
したかったので、とりあえずキスをした。




