第124話 ただの一度も反抗など考えたことはなかった、これまでは
屋敷に戻り、師父様の待つ奥座敷へと向かった。
もしもの場合に備え、リンは魔力で編んだ忍び装束に身を包んでいた。懐に実体化させた短刀・黒き翼を隠し、襖の前に立った。
「リンにございます。お伝えしたいことがあり、参りました」
『入れ』
襖を開き、中へと入った。座布団に座る師父様の前まで移動し、片膝をついた。
煙草の煙を吐いてから、師父様は言った。
「長と対面するのに、なぜ得物を携える」
「は、もしものとき、御身をお守りするためでございます。どうぞ、お気になさらず」
癖で顔を伏せそうになったが、そうはせず師父様から視線を外さないようにした。
まともに目を合わせていると、胸が詰まりそうになった。師父様は、牙をむき出しにした獣のような威圧感を放っていた。
「わしを討つつもりか」
「滅相もございません。謀反を企てるほど、政治や主義など学んでおりませぬ」
「皮肉のつもりか、言いよるわ」
師父様はにやりと笑った。
煙草の灰を落とす動きを見守りながら、改めて室内の様子を窺った。そう広くはない八畳間、薄暗い室内に忍びの気配はない。天井裏、掛け軸、畳、そのどこにも護衛は潜んでいなさそうだ。
どかっと腰を下ろした本人もまた、武器の類を装備していない。
分は悪くない、今ならば。
「わしらが衝突すれば、里は焦土と化すであろう。民草は怯え、逃げ惑い、死者は数え切れぬほど。貴様の友人もまた、無事ではいられまい」
「……なにを仰っているのか、わかりかねます」
「魔法少女の力などを手にしたからといって、いい気になるなと言っておるのよ。貴様が思っているほど軽くないぞ、わしは」
眼力に身がすくんで、暴風に吹かれたような錯覚がした。息をするのが精一杯なほど、呼吸が細くなった。
「刃を交えるつもりなど、ございませぬ」
「ならば殺気を隠せ、未熟者」
「は、緊張が誤解を招いたのであれば、謹んでお詫び申し上げます」
「くどい。言い訳も御託も結構、申してみよ、正面から」
溜まった唾を飲み込んで、喉を潤した。呼吸を整えてから、言った。
「東山雫に同行し、まもなく里を発ちます。つきましては、任務継続の承認を頂きたく存じます」
「男には戻らず、契りも結ばず、里への移住も拒むと申すのだな」
「は、相違ありません」
師父様の声が、一段と低くなった。
「ならば、護衛の任を解く。主命に背く忍びなど不要、貴様は腹を切れ」
「切りませぬ」
「なにぃ?」
「他の者では、雫の護衛は務まりませぬ。彼女の生涯にわたり、守護の任をまっとうする覚悟ゆえ、自害は承服できかねます」
見つめ合ったまま、互いに黙り込んだ。音という音が消えた空間に、白い煙が漂っていた。
肌の表面がピリピリとした。視線は自然と、師父様の首筋へと移った。
「どうかご命令の撤回を」
「嫌だと言ったらどうなる」
「あるいは、案じられていた未来が現実のものとなるかもしれませぬ」
「女のために、親を殺すつもりか」
まばたきなどせず、師父様を見つめた。
「そのようなことは決して望みではありませぬ、しかし選べと仰られるのであれば――」
リンは、頷いた。
「はい、と申し上げます」
懐に手を入れて、黒き翼の柄を握った。




