第122話 どうか共に道を歩んでくれませんか
一緒に逃げてほしいと聞いて、雫の顔に動揺が浮かんだ。
「なんで、そんなことをするくらいならここに残ろうよ。いいんだよ、本当にいい、どうせ戻れないなら……ここで幸せになったっていい」
雫は声を、やや荒らげていた。
「選んでいるのと、選ばされているのは違うのだと、あなたに教えられました。ですから、その教えに反する道は絶対に選べません……いいえ、選びたくありません」
「わたしが拒否したら……?」
「悲しいです、とても」
雫には珍しく、困ったような表情をしていた。すぐに言葉が出てこない、そんな顔だ。
「どうか共に道を歩んでくれませんか。人としての道を」
雫はぷいっと顔を逸らした。
「いやっ、そんな言い方じゃいや。告白はロマンチックだけど、リンちゃんってばわたしに気を使いすぎるんだもん、そういうこと言うのなら、お願いじゃなくてさ」
顔に入っていた力が緩んだ。つまりどういうことだ、つまり――雫は言った。
「自分で言ったことは守って」
「自分で……ああ」
そうか、そういうことか。
表情を作り直した。雫の顎に手を添えて、こちらを向かせた。
「師父様でもなく、里でもなく、あなたを選びます。ずっと側にいてください」
声量を抑えて、つぶやくように雫は言った。
「それでも嫌だって言ったらどうするの」
「攫ってでも連れていきます。あなたをこんな里には置いていけない」
「あ……そう、そっか……は、はは」
硬かった雫の表情が、やっと崩れた。
雫はへなへなと身体をくねらせるような動きをした。
「ぬはぁ、脳天直撃ぃ。結局わたしの意思なんてみーんな関係ないんだー、リンちゃんも酷いんだー、んふふ、でもぉ、さらわれたいって思っちゃった」
照れたように笑う雫は、途端にしおらしくなった。
「大切にしてね、いなくなったりしたら許さないから」
「はい、もちろんです」
「あとぉ、最初っから諦めちゃダメだよ、ちゃーんと師父さんとお話してからね」
「は……はい」
肝が冷えるような、背筋が震えるような、そんな感覚があった。むしろ師父様と対面してる時よりも、落ち着かなかった。
話は通るか、通らぬか。刃を向けるか、穏便に済むか。街に戻るか、逃亡生活に移るか。
少なくとも里には残らない、残らせない。
それだけは確かだ。
小さく頷くと、背後から声がした。振り向くと、本殿の陰からまひるが顔を覗かせていた。
「あ、こんなところにいたー、待っててくださいって言ったじゃないです……ぁ」
まひるは口を押さえた。みるみるうちに顔が青くなっていく。
「あ、あ、こんなとこで、ふ、ふたりで、ま、マナー違反です」
なぜかまひるは、目の縁に涙を浮かべていた。
雫はまひるのところに駆け寄って、手から落ちたハンドガン入りの袋を拾い上げた。
「ごめんなさい、大事なお話があって。別に変なことしてたわけじゃないから……あ、そんなことよりね、リンちゃんがわたしのこと攫ってくれるんだって、一緒にどう?」
「へ? へええ?」
泣き顔から困惑へと、まひるの表情は目まぐるしく変わっていった。




