第121話 師父様なら女同士の結婚も可能にする
雫の手を引っ張って、境内を奥へと進んだ。
途中、雫はまひるとアリスを発見して「あ、いたよ」と言っていたが、リンは足を止めなかった。
「おーい……っとと、リンちゃん?」
黙ったまま手を引き続けた。
一瞬だけ抵抗があったが、すぐに力は緩んで、雫はなにも言わずに着いてきてくれた。
櫓の横を抜けて、本殿の後ろに回った。見えるものは暗く、祭囃子もどこか遠い。
雫が呼吸を整えるのを待たず、両肩に手を置いた。
「大事な話があります。雫の……二人の将来に関わることです」
ぽかんと前を見ていた雫は、軽く顔を上げた。
「もしかして、師父さんの言ってたこと?」
「はい。実は、里に帰郷したその日から、師父様に同じ話をされていました。もう街には戻らず……」
契りを結んで夫婦になれ。そのままでは伝えられない、しかし言葉を変えたとして伝えられるのか。男女だとかそれ以前に、結婚という行為自体を雫は拒まないかもしれない。
雫は首を傾げた。
「どうしたの? 街には戻らず……なに?」
「……この里で暮らせと」
「うん、それはさっきも聞いたよ。でも違うよね、他になにか言いたいことがあるみたい」
雫に見つめられる。闇に浮かんだ栗色の瞳は、自分にだけ向けられていた。
やはり拒むことなどないのだろうなと、思った。
「結婚しろと、命じられました。二人は一緒になってこの里で生きろ、それが最善だ、と」
力が抜けたように、雫の口が小さく開いた。
「結婚……?」
「はい。無理だとおっしゃられるかもしれませんが、あの方は無理を通します」
発熱するように、雫の頬が赤くなった。
「そっか、そうなんだ、里に残れってそういうの、そうなんだ、へえ……」
雫は視線を下にむけて、きょろきょろと行き場がなさそうにしていた。
やがて、雫はぽつりとつぶやいた。
「わたし……それならいいかもって思う。急だし、まだ早いかもって思うけど……嫌じゃないよ」
甘えるような視線に、どきりと胸が跳ねた。腕を背中に回したい、抱きしめたい、唇を奪いたい。
身体が勝手に動きそうになる。抑えねば、食らってしまいそうになる。
けれど違う、それは違う。契りを結ぶのは、こんな辺境の村じゃない。
「……ですが、その申し出を断りました、今でも正しかったのだと思っています。街に帰るべきです、某は学校にいる雫が好きです」
「そっか……リンちゃんがそう言ってくれるなら……うん」
雫は何度か頷いていた。小動物のようなその動きを見ていると、少しだけ笑みが漏れた。
「しかし、忍びとは己の生き方を己で決められぬ生き物ゆえ、望みが叶うかどうか未だにわかりません」
賭けには勝てる。男には戻らない。対話の機会は設けられる。師父様は誠実なお方だ。
しかし、要望が通るとは限らない。
里に残れと言われれば、それまでだ。
制服に袖を通すと決められるのは、自分ではない。
雫の眉が、垂れた。
「じゃあ、どうするつもりなの。師父さんが話を聞いてくれなかったら」
「そうなれば……忍びをやめることになるかもしれません。従えぬ命令をくだされた場合、逃亡生活もやむなしかと」
「そんな……じゃあやっぱり、わたしリンちゃんと結婚する、この里に残る」
首を左右に振った。
「一緒に、逃げてくれませんか。学校にはもう通えません、不自由な思いもさせてしまいます、しかし……雫には隣にいてほしい」
返事は、すぐにはやってこなかった。




