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凄腕忍者、TS魔法少女にされる 〜護衛対象に溺愛されても、某は百合には落ちぬ〜  作者:
六章 乙女心や芽生えし夏の月

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第120話 雫の家はここじゃない

 師父を前にして、リンは反射的に頭を下げた。


「お変わりなく、何よりにございます……まさかこのようなところでお目にかかるとは」

「たわけ、行事に顔を出さずしてなにが長よ」

「は……ごもっともです」


 途端に、師父様の声色が柔らかくなった。


「祭りを楽しんでおられるかな、東山殿」


 雫は快活に声を上げた。


「はい、とっても。珍しいものばかりで、刺激的? だと思います」

「ふふ、外の人間をもてなせるとあって、皆例年よりも気合いが入っているのでしょうな。時に東山殿、里の生活自体はお気に召しましたかな?」

「はい、そっちも大満足です。なによりもぉ、リンちゃんといつも一緒にいられるので」


「ね」と言って、雫は腕を組んできた。肩がくっつくと、思わず下げていた顔を上げてしまった。


 師父様だけではなく、周囲の視線も感じた。

「おぉ、またやってるぞ」「師父様に見せつけておられる」「わぁ、感服感服ぅ」

 家族連れが、一人客が、子供が、こちらに注目していた。


 師父様は声を出して笑った。


「結構、結構、たいへん嬉しく思いますぞ。そうだ、いっそこのまま里に残られてはどうか、二人のために住居を用意させましょう」


 雫の目が、やや見開いた。わずかに開いた口に、指先を当てていた。


「えー、それはちょっと困るかも。秋からまた学校だし、んー、お気持ちだけもらうってやつじゃダメですか?」

「いけなくはありませぬが、街に戻ればまたなにかと大変でしょう。何やら怪しい者たちが生活圏に蔓延っているとか」


 組んだ腕に、力がこもった。全身が緊張して、呼吸の動作でさえぎこちなくなった。

 雫は一瞬だけ、こちらを見た。すぐに師父様に向き直って、言った。


「それはそうなんですけど、平気です、リンちゃんがいてくれますから」

「しかし、銃撃を受けた、拉致されかけたと、そのような話を聞き及んでおりますゆえ、其奴一人ではもはや守りきれぬのではないかと案じているのです」

「もしかして、師父さんは社交辞令じゃなくて、本当に残ってほしいって思ってるんですか?」

「左様。冗談など申しませぬ」


 雫は自分の唇に人差し指を当てた。喉を鳴らしながら、なにやら考え込んでいた。


 やがて、雫の視線はこちらに向けられた。


「リンちゃんはどう思う?」


 胸の奥が、重くなった。考えが回って、まとまらず、なかなか声にならなかった。

 喉が細くなったように、息苦しい。ここに危険はない、里に残れば命を狙われることもない。


 師父様との賭けに勝って、男には戻らず、この姿のまま二人で暮らす。

 雫にとって、悪い話じゃない。

 自分にとっても、おそらく。


 けれど、それではあまりにも。


「某は反対です。忍びでもない者が、閉じた世界で一生を終えるべきではありません」


 師父様の目を見た。


「恐れながら、このような提案はお控えくださいますよう、お願い申し上げます。期間が終われば雫は家に帰ります、もちろん護衛も一緒に」

「ほう……」


 組んだ腕を外して、雫の手を握り直した。


「行きましょう。そろそろまひるたちも戻っているかもしれません」


 踵を返して、師父様に背を向けた。


 雫は言った。


「いいの?」

「構いません。お気になさらず……」


 手を引いて、歩き出した。緊張は維持したまま、しかし思いのほか心は凪いでいた。吐き気もない、動悸もない、あるのは――


 わずかな高揚感だろうか。


 背後で、師父様が言った。


「忍びとは何たるか、ゆめゆめ忘れるでないぞ」


 振り向かず、雑踏の奥へと向かった。

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