第117話 南無阿弥陀仏、兄さま【side 春】
兄さまのことを話しても、棗と綾は興味を持たなかった。
だいたいこんな感じだ、この里の人達。忍びは個人に感情移入しすぎないほうがいいって理屈はわかるけど、わかるけどなんか、違う。今のリンになった兄姉さまとの扱いが。
口の中が苦い。乾いてて、シャリシャリしてる。
「その兄さまのことなんだけど……実はね、任務の最中に死んじゃったんだ、最近」
水気のない口は、随分と変なことを言っていた。
春がいて、雫さんがいて、兄姉さまがいて、けど兄さまはもうどこにもいなくて、里の人達はそんなこと誰も気にかけていなくて、だから静かで、少しだけしっくりこなくて、川の流れに乗って仏頂面の堅物忍者が流れてくるんじゃないかなんて、別に期待はしてないけれど。
死んだとなれば、ちょっとくらいは輪郭が浮かんでくるんじゃないかなんて、そんな気がしていた。
二人は驚いたように目を見開いた。
「わぁ、そうだったんだぁ、春ちゃんご愁傷さま~」
「落ち込まないで、私たちがいるからー」
両側から頭を撫でられた。子供を慰めるみたいに、手つきは優しかった。
「うん……ありがと。でさ、これ聞いて、二人はどう思う? 正直な気持ち、知りたい」
棗と綾は顔を見合わせた。互いに譲り合って、綾が先に口を開いた。
「まーよくあるよねー殉職って」
棗も合わせるように頷いた。
「うんうん、残念だけど、未熟だったってことだもんね~」
酷い、なんて忍び価値観。わかるけど、それもわかるけど、あまりにも不憫。
「あっ」と綾は口を押さえて、薄っすらと微笑んだ。
「亡くなったお兄さんは、きっとお空の上で春ちゃんとリンさんのことを見守ってくれてるよー、元気出していこー」
棗は、胸の前で両手を握りこぶしにして、揺らしていた。
「今度一緒にお墓参り行こうね~」
交互に二人を見た。
「……ありがと、素直な気持ちを教えてくれて」
「えへへー、いいよー親友だもん」
「ね~、きっと天国でタカシさんも喜んでるよ~」
「ジンね、名前」
「あ、ごめんね、お兄さん~」
棗は茶目っ気たっぷりに自分の頭を叩いた。
少しすると、また二人は兄姉さまの話題に戻っていった。
表情にはなんにも出ないようにして、心のなかでつぶやいた。
ごめんね兄さま、春もぶっちゃけ、今のほうが魅力的だと思うんだ。
心の隅っこにあったもやもやを掴んで、目立たないところに除けておいた。
うん、兄さまのことはもういいや。それより、今だよね。
「あ、そうだ、リン姉さまにどんな浴衣を着せようか悩んでるんだけど、二人はどんなのがいいと思う?」
棗と綾は言った。
「超ミニで~」
「ぱっつぱつでー」
近くの林で、小鳥がさえずっていた。




