第116話 兄姉さまは人気者【side 春】
兄姉さまと雫さんの決闘……のようなノロケがあって以降、ずいぶんと里は静かなものだった。最初こそ異物は警戒されていたりしたけれど、もうすっかりあの人達は日常に馴染んでいた。
あの二人と来たらイチャイチャベタベタ、人目なんて気にしないで抱きついたり、毒見あーんしていたりしてたのが、どうやら反対に警戒心を解いたようで、今では逢瀬を目撃するだけでご利益があるともっぱらの噂だ。
早いもので、あれからもう二週間になる。雫さん達は、今度開かれる夏祭りの準備を手伝いに行っていた。もちろん、兄姉さまも一緒に。
神社からは遠く離れた小川にまで、櫓を建設する音が聞こえてくる……ような気がした。
水面を白い雲が流れて、周りでは蝉がジージー鳴いている。
人生の中休みに脇役と化した妹は、まったく飽きもせず小川を眺めていた。朝から午後までそうしていた。雑用とか、勉強とか、害獣駆除の手伝いとか、やれることは色々あるけれども、そんなことよりもゆーっくりしていたかった。
「……里は今日も平和なり」
つぶやくと、耳元で甘ったるい女の子の声がした。
「平和で結構~、里の危機なんていらないよ~」
暇があれば理由もなく一緒にいる、同期の棗だった。
反対側からも、女の子の声がした。
「ねー、川が真っ赤になったらいやだよー」
もう一人の親友、綾は腑抜けた顔でふわふわしていた。半袖の忍び装束なんて着てなきゃ、とても忍者には見えない。
「真っ赤と言えば~」
最近この二人には流行りがあって、それは脈絡もなく話題に侵入してくる。
「リンさんってかっこかあいいよね~、あんなふうに戦える女の子になりたかったな~」
「ねー、この間目が合ってきゅんってしちゃったー」
人を間に挟みながら、そんな話を延々としていた。なにが好きなのかとか、雫さんとはどこまで行ったのかとか、要人暗殺の経験はどのくらいか、なんてことをこれまでも色々聞かれた。
「雫さんの前ではでれでれなのに、話すとけっこー冷たいのがいいよね~」
「わかる、わかる、キュートでクールでビューティーだよねー」
「……」
のどかな川辺は、この子達のせいで存外騒がしかった。
兄姉さまをお気に召したのは結構、言ってることもよくわかる。けど、足りない。足りないよ、棗、綾、二人ともあの人とよく似た堅物兄さまのことを知っているのに。
だから聞いた。
「ねえ、春にさ、兄さまがいたのって覚えてる?」
二人の視線が、シンクロするようにこちらを向いた。
五秒くらい経ってから、返事がやってきた。
「あ~いたいた、えっとぉ……」
考え込むように、棗は視線を下げた。ぽんっと手を叩いて、すぐに顔を上げた。
「タカシさんだっけ? 元気ぃ?」
「うん、ぜんぜん違うけどね、名前」
「あっ」と綾が声を上げた。
「シンさんだよね、あのちょっと怖い人」
「惜しい、あと一歩」
ぽかんとする二人に、ジンという本当の名前を伝えた。特に興味のなさそうな「へえ」という相槌だけが返事だった。




