第115話 戦いとは幸福なのだと見つけたり
見つめ合ったその瞬間に、雫は飛び出してきた。まるで野球のスイングのように、デタラメに剣を引いていた。
顔を見ていると、あっという間に雫は目の前にやってきた。
つま先でブレーキをかけて、踵でしっかりと地面を踏みしめ、殴りつけるように雫は剣を振った。
「リンちゃん!」
「雫!」
真横からの一撃を、短刀で受け止めた。腕が震えて、ピリピリとした痺れが走った。
衝撃が頭に入り込んで、弾けるように思考が浮かんだ。自分の声を、自分だけで聞いていた。
雫、聞いてくれ雫、変化の是非はわからないが、変われることは嬉しいのだ、尽くせることがなによりも嬉しいのだ。だから、世界で一番大切な人を、血なまぐさい世界に踏み入れさせたくないと思うのは、当然のことだ。
拮抗したまま、口を開いた。
「申し訳ありませんでした、排除するように扱ってしまって。しかし、あなたが大切だからです、愛しているから、こちら側には連れてきたくない」
「わかってるけど、それ寂しいよ。リンちゃんのこともっと知りたい、好きなもの嫌いなものそのまま知りたい」
火花のような、魔法の光が散っていた。
全力を出しているつもりなのに、押し返せない。雫の想いは、あまりにも力強い。
「こうしてみて、ひとつわかったことがあります。変わろうとするのは、嬉しいからです。かわいい自分になって、雫に喜んでもらえたら幸せだからです」
「でも本当に好きなものを捨てないでほしい。元のリンちゃんもわたしは好き、嫌いになんてならない。だからね、射撃練習場に行きたい、毒薬も調合してみたい、たまにこうやって戦ってみたい」
緩む。顔が、胸が、腰回りが、全身が緩んでしまう。雫の声が聞こえるだけで、幸せというものがどんどん増幅されていくのがわかる。
戦って嬉しい、あったかもしれない。戦って幸福だ、そっちは知らなかった。
「構いません、雫が望むなら、なんだって」
「リンちゃんが望んで」
「はい、喜んで」
笑顔が溢れて止まらなかった。嬉しい、嬉しい、嬉しい、変になる、頭がおかしくなる。
ああ、ああ、震える、身体が敏感になる、ダメだ、これは。
熱い吐息が出た。
「生まれて初めて、本当の意味で素直になれた気がします。ありがとうございます、いつも、いつも……嬉しいことを教えていただいて」
「うん、わたしも嬉しい。少しかもしれないけど、リンちゃんがわかった気がするもん」
雫の顔に、満面の笑みが浮かんだ。
やがて剣と短刀は自然と下りていって、互いの手元から消滅した。見つめ合う――そんな暇もなく雫に抱きついていた。
耳元に頬をこすりつけながら、雫は言った。
「もう、みんな見てるんだけど」
「見せましょう、あるいはそのための帰郷かもしれませんから」
体温があった。東山雫の形をしていた。
しばらくして「ひゅう」と口笛を吹いたのはきっとアリスだった。




