第113話 どれがリンちゃんなのって知りたい
「やああ」
「や、やめてください雫っ」
雫の振り下ろした剣を、リンは紙一重のところで躱した。
「避けないで、ちゃんと受けて」
「し、しかし」
雫は剣をデタラメに振り回した。短刀で受け止めようとしたが、やはり回避に専念した。下手に衝突すれば、反動で怪我などをさせてしまうかもしれない。
袈裟斬り、一文字、唐竹割り――雫の攻撃を避ける、とにかく避ける。
「なぜこのようなことをなさるのですか。脈絡というものが不在です、刃を交える理由がない」
「ないよ、ないけど、リンちゃんは誰とでも戦おうとしてた」
「な、なんの話ですか」
雫の繰り出した突きを、頭を横に動かして回避した。
「初めて会ったとき、学校でアリスのことを殺そうとしてた。怪しいっていう先生のことも」
「なぜあの時のことを。っ、あれは血気盛んだった過去の話です、若気の至りというやつです」
「まだそんなに昔じゃないけど、ねっ」
またギリギリのところで大振りを避けた。完全に見切っている、が、かするだけで死んでしまいそうな予感がある。
雫の語気は荒い。怒っているのか、なぜだ。身に覚えがない。
「それだけじゃない、通学路でまひるちゃんのことも斬ろうとしてた」
「て、敵だからです、当時は敵対していたからです、雫とは違います」
「なら、攻撃してくる相手は敵だよね。わたしだからって、どうして手を抜くの」
「雫だからです! 怪我などしてほしくないからです」
声は据わっていて、目つきは鋭い。徐々に腕の振りが速くなっている。
ひとまず、落ち着かせなければ。
「御免!」
急接近して、雫の手首を掴んだ。痕が残らぬように、力は最小限にして。
「さぁ、今度こそ剣を下ろしてください。これ以上続けても、得るものはありません」
雫は、逃れようともせず、その体勢のまま言った。
「これじゃ楽しくない」
「当たり前です。楽しいものではないと、先程も伝えました」
「掴んでる手、全然力はいってない」
「それも当たり前です、力を込めても痛みを伴うだけです。雫には、優しく触れたいので」
低い姿勢から、雫の顔を見上げた。まだ、笑顔にはなってくれなかった。
軽くて細い腕、柔らかな肌、この人は武器を扱うには向かぬ。包丁などを握って、笑っていてくれればいい。これは違う、どう考えても違う。
「屋敷内に、戻りましょう。朝食の準備が出来ているはずです。食事が終わったら、里の散策などに出かけましょうか。景色のいい場所などに、お連れします」
ぼそりと雫が言った。
「射撃練習場じゃないの」
「……は?」
「世界各国の鉄砲が試射できるとか、単分子網戸が危険だからクレイモアがなんちゃらじゃないの、部屋は爆発しないの!?」
「ますますおっしゃっている意味が理解できません」
雫が深く息を吸ったのがわかった。それはまるで嵐のように、放出された。
「戦いを楽しむリンちゃんはリンちゃんだよね、けど綺麗な場所に連れて行ってくれるリンちゃんはリンちゃんでも変わったよね、リンちゃんはやさしいだけなの、リンちゃんは本当は物騒な人なの、どうなの、どれがリンちゃんなのって知りたい」
雫の声に顔面を叩かれて、心細さのような、そんな気持ちが胸に去来した。
どれが、自分。優しいのは悪いか、恋人を想うのは違うのか、本来は物騒な人間なのか、戦いを楽しむ己なのか。
どれだと言われても、どれなんだ。




