第108話 まひるちゃんは、リンちゃんのどんなところが好き?【side まひる】
二人きりの朝は表情に困るので、ひとまず、まひるは笑顔を作ってみた。
東山さん改め、雫さんは、眠そうな顔で布団に座っていた。ぺたんとお尻を付けて、膝を外向きに曲げている。ふんわりとした笑顔をこちらに向けていて、棘なんて全くなかった。
「ふわぁ、リンちゃんどこ行っちゃったんだろうね」
「ええと、朝の鍛錬とかじゃないですか、乾布摩擦とか好きそうですし」
「あー、でも、うちに泊まったときはやってなかったけどなあ」
「そ、そうなんですか、ごめんなさい」
正座している膝が、やや内側を向いた。
雫さんから、視線を外す。なんでか、目を合わせにくい。とっても。
「別に謝らなくていいけどね」
「あはは……」
それ以上はなにも言わず、雫さんはぽーっとしていた。上の空というか、ふわふわ考え事をしているみたいに。
思えば、二人で話したことってあまりないかもしれない。ていうか、よく考えれば因縁があって、結構とんでもないことをしちゃってる。
部屋を直接狙撃した。なぜかピンピンしてるけど、あれ、直撃してた。以前に許してもらったけど、どこまで本当なのか、この人のことはよくわからない。
わかるのはリンさんのことが好きだってことくらいで、しかもきっとそれはディープで両思いで、とんでもないところまで進展していて――違う、脱線するな、今はそんなことはいいから、リンさんのことは後でいいから。
外の熱気が伝わってきて、部屋は蒸し暑かった。エアコンの風速が弱くて、座ってるだけで汗が垂れてきた。
「なんか暑いですね、エアコン付いてるのかな……リモコンどこだろうっていうか、忍び屋敷にも普通に空調設備あるんですね」
「んー、そうかな? でもいいよ、ちょっと下げよっか」
雫さんはテーブルの下からリモコンを拾って、ピッピと操作した。風量が強まって、浴衣の襟から冷たい空気が侵入してきた。
なのに汗は全然引いていかなかった。
沈黙。リモコンを置いた雫さんは、またぺたんと座り込んでいた。
なにか、なにか話をしよう。攻撃したこと、謝る? でも、朝の空気には重すぎる。しかも怒らせたりしちゃったら、今後やりにくいし、リンさんにも厳しく言われそうだし、やめよう、あっちから言い出すまでは黙っておこう。
別のこと、別のなにか――思い出したように雫さんが言った。
「まひるちゃんも、リンちゃんのことが好きなんだ?」
「えっ、あ……う」
細切れにしたみたいに、声がバラバラだった。今度は、身体の内側まで熱くなった。
震える指が、こめかみに向かった。かけっぱなしだった眼鏡を外して、なぜか浴衣でレンズを拭いた。自動的に手が動いて、口も勝手に動く。
「あー、すごい、今日もいい天気。あれぇ、なにか庭のほうが盛り上がってるみたいですよ、どうしたんでしょう」
四つん這いになって、窓に近づいた。カーテンをペラっとめくると、庭に人が集まっているのが見えた。
後ろで、雫さんが言った。
「まひるちゃんは、リンちゃんのどんなところが好き?」
首の力が抜けて、ガクンっと顎が下がった。明るい窓ガラスに、目を見開いた自分が映っていた。
「わたしはね、全部なんだけど、強いて言うのなら、勇ましいのにかわいいところ、おっちょこちょいなのに絶対にわたしを助けてくれるところ、こんなわたしに普通の人間になれって言ってくれるところ……絞りきれないや、んふふ」
ガラスに反射する自分は、頬を赤くしていた。瞳は震えて、鼻はひくひくして、まるで、まるでなにか動揺しているみたいに。
まるで、恋しているみたいに。
「まひるちゃんも教えて。恋敵だけど、仲間だから」
「だ、わ、リ、リんさん、その……その……」
私、私、リンさんのことが、好き、きっと好き。怖かったのとは、もう違う。考えるだけで、想うだけで、胸が高鳴る、体温が上がる。
ガラスに映る自分。頬には変な力が入っていて、眉はちょっと悲しそうに下を向いていて、顔全体が赤くて、けど、瞳はキラキラしてる。
こんな顔は見たことがない。
すっ、とぐちゃぐちゃだった頭の中がスッキリした。
昨日の夜は好きだった。その前からずっと好きだった、
そして今も、きっと好きだから。
振り向いた。なにも取り繕わずにいると、笑顔になった。
「じゃ、じゃあ……ここだけの話……誰にも言わないでくださいね」
いい笑顔で、雫さんは頷いた。




