第106話 本気の戦いなどいつ以来だろうか
正面のアリスは、片手剣の切っ先をこちらへと向けた。
「武器の使用は自由、そう思っていいですね」
「もちろんだ。手抜きでは鍛錬の意味がない」
そのうえ、遊びでは感じることも少なくなるだろう。
リンも腰を落として短刀を構えた。間を置かず、アリスが地面を蹴った。
「オッケイ、命を取らない程度に本気で行きますっ」
上段に剣を構えて、アリスは突っ込んできた。
一瞬のうちに間合いに入ると、愚直に剣は振り下ろされた。後退するか、身を躱すか――いや、一太刀目は貰い受ける。
「ぬぅっ」
短刀で、アリスの一撃を受け止めた。衝撃が骨の髄まで響く。左腕に魔力を固め、手首と腕の筋力を強化する。
腰を入れ、踏ん張り、膝を曲げ、刀身が鼻先に掠るほど押されながら、しかし拮抗へと持ち込んだ。
「相変わらずの馬鹿力、怪力が貴様の特色か」
「それを止める方も、並ではありませんよ」
アリスは、面白そうに口元を歪めた。なかなかどうして、それを見ていると釣られて頬が上向いた。
「もうひとつわかったことがある。貴様の刃には迷いがない、討つと決めたら討つ、抜くと決めたら徹底的に抜く、そういう人間の剣だ」
「なぜわかりますか、これくらいでっ」
「手加減という気配でもなかったものでな」
膝を抜いて、わずかに腕の力を緩める。押し合う刃を滑らせ、アリスの懐へと潜り込んだ。
右手に生成したクナイで、無防備な首を狙う。
「取った!」
「そうはいきませんのでっ」
アリスは手首を返し、切腹でもするかのように自らの身体側に剣を振るった。
リンは攻撃を中断、地面に片手をついて飛び退いた。剣先に触れられた肩口の布が、ビリリと音を立てた。
アリスは横薙ぎに剣を振った。
「お覚悟!」
「そうはいかんのはこちらもだ」
短刀を捨て、今度は両手で地面についた。反動を利用して、飛び蹴りを繰り出した。
勢いをつけて、弾力のありそうなデカい胸を狙った。
「ワオッ、プロレス技っ」
「忍術だ」
アリスの攻撃は、空を切った。リンの攻撃は、直撃寸前だった。
「ノーっ、うぐぅ……」
剣を捨てず、アリスは片手一本で飛び蹴りを防御した。騎士であることは誇りか、見た目だけのものではないようだ。
よろめくアリスから三歩ほど離れたところに、リンは着地した。即座に短刀を拾い直し、追撃に移った。
一気に間合いを詰める。短刀を低く構える。今度こそ、首を狙う。
アリスの顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。そしてその視線はこちらの足元に向いた――三十センチだけの跳躍でリンは足払いを回避した。
「その手は二度と効かん!」
「読まれてましたかっ、こうなったら――」
アリスは腕を畳んで、十文字の連撃を繰り出した。しかし、身を捩り、胸へのその攻撃を紙一重で回避する。忍び装束の表面を切り裂かれるが、実害はない。
最後の一歩を詰め――寸止めなれど――短刀で首を狙った。障害はない、防御も回避もない、間違いなく届く。
「これで決着だ、アリスッ」
「それはどうでしょうか。リンさんの弱点、ワタシは知ってます」
アリスの顔に、また笑みが浮かんだ。




