第10話 股下はスースーするのに、右手だけが暖かい
雫と手を繋いで、学校までの道を歩いた。
慣れないスカートの下を冷たい風が通り抜けるが、それに反して、雫と触れ合う右手だけが妙に熱い。
しかも肩まで寄せてくるので、ほとんど密着しているのと変わらなかった。
学校まで数分のところまで来ると、周囲は同じ制服を着た生徒で溢れていた。
「雫殿、そろそろ、手を離されてはいかがでしょうか」
リンが言うと、雫は丸っこい目で見つめてきた。
「ふぇ? なんで?」
「その、人目が増えてきたゆえに、こう、密着していると、いくらか、目立ちます」
ドキ、ズキ、と胸が鳴り続けている。やわらかな手の感触とは反対に、身体はずっと硬い。
周囲からの視線が絶えることはない。それが刺客のものなのか、好奇の目なのか、判断が付きにくくなるのは、困る。
「えー、これくらいみんなしてるよ」
「それは、そうかもしれませぬが……」
確かに周りを見れば手を繋いでいる二人組は、稀に存在する。スキンシップ、なのだろうとは、思う。女性同士なら珍しくない、ないのかもしれない、しれないが。
どうしても、落ち着かない。
「あまりこのようなことは慣れていないので、どうしても気に――む」
リンの鼻がひくっと動いた。下がり気味だった顔を上げた。
くんくんと匂いを嗅ぐ。顔を動かして、周囲を見回す。
色濃い気配がする。ただの匂いではない。身体の芯に伝わってくる――魔力の気配。
「今度はどうしたの? ワンちゃんの物真似?」
「いえ、このあたり、魔の者の気配が濃くなっております。昨夜の刺客と瓜二つ、注意してください、また例の狙撃手に狙われているかも知れません」
騎士ではなく、あのブランシュとかいう珍妙な女の気配がする。
「へぇ、魔法少女同士で通じ合うところがあるんだ」
「某は魔法少女などでは――むっ」
リンは車道を挟んで向かいの歩道ににらみを利かせた。
見える、感じる、あの女、間違いない。
そこにいるのは制服を着た長髪の女子生徒。
白い縁の眼鏡をかけたその女は、スマートフォンをいじりながら歩いていた。格好はもちろん、顔も髪型もあのブランシュとは異なる。
巧妙な変装。だが、その匂いまでは誤魔化せない。
リンは左手にクナイを出現させた。
「ご安心ください。この場で殺します」
うなじを狙う。一撃で致命傷を――雫に手を思いっきり引っ張られた。
「こらっ、また約束忘れてる。学校ではどうするんだっけ?」
雫は軽く頬を膨らませて、リンを睨むように見ていた。
思わずリンはのけぞった。そうだった、通学路でも同じことか。
「……始末するのは、怪しい動きを見せてから……でした」
「ん、よく言えました、えらいえらい」
雫に頭を撫でられる。よしよしと口にして、まるで子供をあやすように。
量の多い、さらりとした髪が擦られる。頭が軽くなって、緊張感が、ほどけそうになる。
「では、尋問に切り替えます。雫殿はこちらに」
と言ったはいいものの、雫はリンの手を離して、勝手に道路を渡っていった。
声をかけても聞いてもらえず、仕方なくそのあとを追った。
白眼鏡の女に近づいた雫は、その顔を見て言った。
「あれ、なんだ越谷さんじゃん」
その声に気づいたのか、越谷と呼ばれた女は振り向いた。
「ぇ、あ、東山さ……ひ」
越谷は、しゃっくりを途中で無理矢理止めたかのような声を出した。
時が止まったかのように口を開けて、越谷は眼鏡の奥で瞳を揺らしていた。腰が引けていて、今にも倒れてしまいそうに見える。
唇が白くなっていく。その目は、雫ではなく背後にいるリンに向いていた。
「ぁ……え……こ……こ……」
怪しい女だ、やはり殺すか。
訝しむリンをよそに、雫が首をかしげた。
「こ?」
越谷は故障した機械のように「こ……ころ……」と声を漏らした。そして突然、頬が上がったかと思うと、笑顔らしき表情になった。
「こ、こんにちは、東山さん、私になにか、用事、ですか?」
「あ、おはよう。えっと、ごめんね急に、リンちゃんが越谷さんと話がしたいって言うから」
雫が身体を退けたので、リンは一歩前に出た。越谷の頬は小刻みに、ぴく、ぴく、と動いていた。
なにかの符丁だろうか。あの騎士に合図を出しているのかもしれん。
「そ、そう、私に、なんで」
「んー、リンちゃんの心配性みたいな。あ、この子は越谷まひるさん、同じクラスだよ、昨日は……あ、お休みしてたんだっけ」
「そう、そうですね、私、具合が悪くて、はは、あはは……では、これで、今朝は忙しいので……」
越谷まひるはさっと背を向けた。
リンは言った。
「待たれよ」
電撃が走ったかのように、越谷まひるは肩を丸めた。
「目は誤魔化せても、嗅覚までは誤魔化されん。雫殿に免じてここは見逃す。だが、下手なことをしてみろ、今度こそ命はないと知れ」
背を向けたまま、越谷まひるは黙り込んだ。金縛りにあったように、ぴくりとも動かない。
傍らで、また雫がむっとした顔になった。
「こおら、そういうこと言わないの。証拠もないのに失礼でしょ」
「しかし雫殿、御身のことですぞ。寛容も過ぎれば、身を滅ぼします。意向には従います、ですが、釘を刺しておかねば、あなたの日常はこやつに食い破られます」
「じゃあ昨日殺せば良かったじゃん。後出しなんてダメだよ」
リンは言葉に詰まった。言い訳のしようもない、リスクを放置したのはこちらのミスだ。
「申し訳ありません。未熟ゆえの不覚。約束します、再び戦場で相まみえた際には、必ず首を献上しましょう」
会釈するように頭を下げた。不機嫌そうな雫の表情は、それでも和らいでくれなかった。
そうしていると、どたっ、と重い音が聞こえてきた。
見ると、越谷まひるが鞄を手から取り落としていた。そして彼女は、地面に膝をついた。
「越谷さん!?」
雫が駆け寄ると、越谷まひるは言った。
「ごめ、んなさい、私、物騒な、話が苦手で、貧血みたいな感じです、はは、お気になさらず」
声は上ずっていて、微かに震えていた。
その横顔は、まるで死人のように青ざめていた。
変わった女だ。刺客にしては臆病に過ぎる。
「リンちゃん謝りなー」
雫に叱責されて、まさか勘違いだったのかと、リンは思った。
魔法というものはつくづくわからぬ。




