第104話 このアリスという女は、他の誰よりも匂う
アリスは、こめかみから垂れた汗を人差し指ですくった。リンから視線を外して、指の腹を見つめていた。
しばらく指を弄ってから、アリスは言った。
「フツー、普通ですよ、本国にママとパパがいて、幸福な家庭で育ちました。留学だって、身体を流れる血の半分がどこから来たのか知りなさいって、パパに言われたからでした」
リンは言った。
「なるほど、父親は日系人か?」
「イエース。パパはある霊山のふもと出身でして、ワタシのマジカルな才能のルーツかもしれません」
アリスはリンに視線を戻して、弾けるように笑った。
ニコニコしていて、急に楽しそうだ。
「二人の出会い、それはもう大恋愛でした。ママに恋したパパは、家を捨て国を捨て、単身でブリテンへと渡ったのです。ワタシが生まれたのは、その一年後でした。南部の港町に素敵なお家があるので、いつかリンさんもいらっしゃってください」
リンは茶をすすった。
「ふむ、無難な設定だな。それで、本当のお前は何者だ?」
「ホワイ?」
唇に指を当てて、アリスは首を傾げた。四十五度も頭が倒れていて、なんともわざとらしい。
「過去などいくらでも作れる、話はおろか、写真もパスポートも無意味だ。友を疑いたくはない、審問しているつもりもない、ただ、鼻が貴様を一般家庭の娘とは思わせない」
「やなこといいますねえ、リンさんは。人を疑ってばかりいると、雫さんに怒られてしまいますよ」
「疑いではない、確信だ。雫の名前を出して動揺を誘おうとするのも、目線を逸らすための技術であろう」
アリスは笑顔のままでいた。
「あはは、そういうの下衆の勘ぐりって言いまーす、キュートじゃありません。あ、そうだ、リンさんのご両親はどのようなお方ですか? この里にいらっしゃるのですか?」
「某に実父母はいない、把握していない。貴様と同じように」
同じ、というのは、おそらくだが。
アリスは湯呑みを手にして、一気に飲み干した。
「ぷはぁっ、忘れてました、魔法少女たるもの朝の鍛錬がかかせません、申し訳ないですけど、これにて失礼しますデスっ」
立ち上がったアリスは、そそくさと部屋から出ていこうとした。両手でぎゅっと腰回りの布を握りしめていた。
座ったまま、リンは言った。
「アリス」
足音が止まった。
「他人に見せられない顔があるのは、お互い様のようだな。貴様のことだ、どうせこちらの隠し事も察しているのだろう」
「……なぜそんなことを言いますか、リンさんの秘密がこれ以上あるなんて、別に思っていませんよ」
「話していてわかった、他人のことはよく見える。影に生きるものの職能であろう」
恋愛や感情にはまだ鈍いが、後ろ暗いことなら見えてしまう。
リンはその場で立ち上がった。浴衣の襟を直してから、アリスに向き直った。
「鍛錬ならば付き合おう。久しぶりに汗をかきたくなった」
「……それは真に受けるんですね」
「ふふっ、日課なのはこちらもだ」
にっとリンは頬を緩めた。
たまには手合わせというのも面白い。
そのほうが見えてくるものもあるというものだ。




