第96話 どうして雫と一緒に風呂に入れんのだ
リンの自己紹介は受け入れられ、宴会場はまた賑やかになった。飲んで食べて歌って、ある程度のところで歓迎会はお開きになった。
座敷で寝ている老人たちを尻目に、リンたちは屋敷の大浴場へと向かった。
ささっと服を脱いで、雫とまひるとアリスの三人は露天風呂に飛び込んだ。旅館と見紛うほどの岩風呂は、黒みがかった半透明の温泉で満たされていた。
岩に背中を預けた雫は、だらんと湯に浸かっていた。
「ふわぁ、お家に温泉があるとかチートすぎるぅ」
まひるは湯に口を沈めて、ぶくぶくと泡を吐いた。
「ですけど、リンさんがいないのは、ちょっと寂しいです」
全身を真っ赤にしたアリスは、岩に座って月を眺めていた。
「混浴指定でわぁ、ガーディアンもやむなしデぇす、うひぇ」
ちゃぷちゃぷと湯の流れる音が、露天に響いていた。
動きやすい服に着替えてから、大浴場の入口に座り込んでいるリンは、当初はあぐらをかいて、しかし考え直し、今では膝を抱えていた。
股を開いて座るのは、まるで男のようだから。
巷では体育座りともいうその姿勢で、目を光らせる。蟻の一匹ですらも叩き潰す、特にオスはなにがあろうとも通さない。人間ならばなおさらだ。
屋敷に仕える者が通るたびに、視線を向けられた。中には「いじめられてるのかい?」などと心配してくる者もいた。
「その発言は快く思いませぬ。某は自分の意志でここを守護しているゆえ、どうかお気になさらず」
伝えると、誰もが首を傾げて去っていった。
そうやって人払いをしていると、じきに往来は落ち着いた。静かになると、かえって胸の奥がざわついた。
雫は今頃、身体を洗い終えて湯船に浸かっているだろうか。襲撃はないだろうが、同行者が怪しい。
まひるはさておき、アリスに良からぬいたずらをされていないだろうか。身体検査などと称して身体の至る所を……太ももの側面を、拳で殴った。
「今日限りになるよう、対策を考えなければ」
普段と勝手が違いすぎる。なぜ混浴なのだ、なぜ守護が必要なのだ。
なぜ、一緒に風呂に入れないのだ。
膝をより一層深く抱え込んだ。腹が出ていない上に筋肉にも乏しいから、膝頭が胸に接触した。
歯ぎしりしていると、また人がやってきた。通りすがるのではなく、入口の前で足を止めた。
毛の多い、男のすねだった。
「失礼、この時間は男子禁制ゆえ、出直されたし……む」
「あれぇ、リンちゃんじゃん、なにやってんの?」
山に置いてきたはずの集だった。風呂桶などを抱えて、のほほんと立っていた。
「気安く呼ぶな。雫たちが入浴中のため、ここを守っている。引き返せ」
「えぇ、わざわざ来たのに、参ったな、だめかぁ?」
「池の水でも浴びていろ。そもそも貴様にも住居はあるはず、なぜこちらに来た」
「こえぇ女に泥だらけにされちったから、屋敷の風呂で汗流そうかなって。ここ実は俺の実家みたいなもんなの、知ってた?」
「知らん」
顔を逸らした。
集は『湯』と書かれたのれんの奥を覗こうとした。
「あの子たちが湯浴みしてんのかぁ」
「貴様」
リンは立ち上がった。クナイを抜いて、集の首に突きつけた。
「もう一度やるか、今度こそ命はないぞ」
「リンちゃんさあ、屋敷内で流血沙汰を起こすつもり?」
「それがどうした。罰だろうがなんだろうが甘んじて受けよう。命に代えてもこの場は死守させてもらう」
「まじかぁ。ならいいや、勝てる気しねえもん、おっかねえ」
集はぼやくように言って、その場に腰を下ろした。入口の右側をふさぐように、あぐらをかいていた。
リンは集を睨んだ。
「なんのつもりだ」
「風呂が空くまで守護に付き合うよ、女の子一人じゃ酔っぱらいの相手とか面倒だろうし」
「屋敷内で性欲に負ける者がいるとは思えんが……まあいい、大人しくしていろ」
こちらは座らずに、立っていることにした。肩で入口を塞ぐようにして、壁に寄りかかった。
横目で集を見た。なんとも面倒くさいやつだ。男とは、こんなにガサツで配慮のないものだったか。金輪際近づかないように強く言っておくべきだろうか。
特に雫には近寄らせてはならぬ、絶対に。
目を瞑って、時間が過ぎるのを待った。
「なんかさあ、懐かしいんだよねえ、君見てっと。女の子っていうかさ、ダチと話してる気分なんだよねぇ、あいつ元気してっかなあ」
しかし、集は突然そんなことを口にした。




