1.4 この世界の「哲学」について
この世界の、所謂「魔術」なるものは、ある一つの「創話」に基づいている。
それが、この世界の学者たちが生産と改良を続けている創作物であり、同時にこの世界の魔術を学ぶ者にとっての理論体系を成すものだ。
ーーこれが彼、アマネ・フィロソフィアにとっては「科学」とも「哲学」ともつかない、奇妙なものだった。
この世界のミュトスは小さな子どもでも理解できる簡単なものから、大人でも理解困難なナンセンス詩だったりする。
しかし、その話の流れを想像しながらミュトスの一節を諳んじることで、世界になんらかの影響を及ぼすことができる。
大きく重い物体を宙に浮かせることから、聴いた相手を感動させる小さなことまで。
色々なことがこの世界では魔術と呼ばれる。
ナンセンス詩に関しては、流れというよりも、作者の含意をより正確に把握したものが、その効果を発揮する仕組みになっている。
だが、それは人工物であると同時に、「精霊」による世界への干渉だと捉えられているようだ。
ここが、この世界における哲学につながる。
この世界の哲学は要するに、精霊を礼賛するものだった。存在論は精霊の存在を理屈づけ、神学は精霊の存在を崇める。
それゆえ、人生訓としては役に立つが、「それ自体が世界の『謎』を生き生きと立ち上がらせ、それを捕まえ、正確に捉えて理を解きあかす」、そういう類のものではなかった。
一方で、この世界には前世の「科学」に近しいものとして、「工学」や「建築術」、「医術」などが存在する。しかし、それも魔術頼りであり、それ自体として世界の法則を数理的に解き明かす類のものではなかった。
アマネは、この世界の技術体系を崩し過ぎることは、望ましいことだとは思わなかった。
それゆえ、前世の科学を話に持ち込むことは控えた。
しかし、哲学はどうか。
哲学に関しては、今のような精霊礼賛の歌に留まっているのは、魔術の発展の側面から考えても、問題含みだった。
科学を持ち込んでも、魔術以上のイノベーションを起こせるとは思わなかったし、この世界の現行の技術者が職を失うだけだ。
だが、哲学で魔術そのものの謎に迫ればーーそして魔術の構造そのものを解き明かそうとすればーー哲学は「歌うもの」だけでなく「語るもの」ともなり、「創話」から「論理」へと世界像が変わる者も、魔術師の中には現れるだろう。
アマネはそのように考えた。
そして、そのような目的で哲学を魔術に応用して、理論体系を一新しようとしている企てに、父は興味を持ち、学院に逐一、成果を持っていった。
それを基に、徐々に学院幹部の空気が変わり始め、「新しい哲学」のアプローチに対して遂に学院長は興味を持った。
「アマネ君、君の哲学を我々は歓迎する」
学院長のルートヴィヒが彼、アマネにそう告げたのは彼が15になる誕生日の少し前の頃だ。
彼は中等部から高等部へ進む代わりに、高等部卒業の扱いを受けて、学院の講師職として高等部における「訳ありの新クラス」を受け持つことになったのだった。




